心と体

朝礼スピーチネタ;これからの日本を考える

朝礼スピーチネタ;これからの日本を考える

12月21日のブログの続きです。

「ローマ人の物語」第15刊を読んでの感想です。ローマ末期は治安が次第に失われ、国が滅びつつありました。帝国にはお金がなく、施策無しになり、国家崩壊に向かっていたにかかわらず当時、人々は以前よりすごく金持ちになっていて、国事は他人事になっていたようです。以前のローマ人の心であった、自国防衛を自分の身体で行う心はすでに無くなっていて、本国の防御防衛はお金で雇った兵を中心とした軍隊にまかせたのでありました。そうしておいて、傭兵が軍事成果を挙げると皇帝は優秀な司令官を疑い、あらぬ罪で処刑し、結果どんどんローマは行き詰りました。
そのような状況なので、蛮族と言われる「ゲルマン族」、さらに上を行く最も野蛮な「フン族」にとってローマ帝国は略奪するための絶好の対象になったのです。たびたび蛮族が帝国内に流れ込まれそのため、防御をする必要に迫られたのです。が、本国では議論と内輪もめをし、責任を皇帝に擦り付けたのです。官僚は次々と新皇帝を暗殺し続け、官僚たちが自分の利益だけ追求していた間に蛮族にとうとうローマ市内にも攻め込まれ、帝国は急激に衰退していきました。やがて誰も皇帝を継承しなくなり、帝国は自然消滅してしまったのです。ローマ消滅700年前のカルタゴ陥落のような、派手話はなく、ひっそりと消滅したそうです。皇帝不在で国が無くなった後、ローマの富は順次蛮族に持ち去られ、街から人が去り、土に埋もれて往きました。人心が去り、そして帝国首都も土に還ったのです。

ちなみに現在、ローマ市街で見ることが出来る観光スポットの一部は、土に埋まった施設を再度発掘したもので、1700年前の姿を綺麗に残しています。残念ながら、ポンペイウスやカエサルの建造物の多くは現在街の地下にあり、現在の町並みの下に構築されているので、直接見ることは出来ません。

今の日本を1000年後に見る機会があれば、そのときの日本を見た時、どういった感想を持ちえるか。歴史は繰り返すのです。東京も土に埋もれている可能性を感じます。その不安は、自分が良ければ他は関係無いと言う考えであり、その考えでやがては自分も滅ぶことをローマ史が証明しています。
これより、カエサル(シーザー)が現れるか、このまま消滅の道を歩むのか、それは日本人の郷土愛によるところが大きいと思います。自分を大事にすることは郷土を愛し、守ることなのです。

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朝礼スピーチネタ;世間の常識について、食物編

朝礼スピーチネタ;世間の常識について、食物編

私は以前より世間で言われる常識が本当か、疑って見て、考えることをしています。たとえば、無農薬野菜の安全性について意見を述べます。無農薬野菜は身体に良い常識と少し違う視点から食の安全を述べてみます。農学の世界では、葉系野菜を無農薬で育てる場合、虫喰いが問題となります。なぜなら野菜にとって葉は自らの生命のエネルギーを作る大事な部位のため、野菜の天敵である虫に喰われることを減らし被害を減らすため野菜はもともと葉に毒を持ちます。特に虫に喰われるとその傷ついた部分に全力で毒を造ります。よって、虫喰いがあると生物毒が強い葉である可能性が高くなります。農薬と葉の毒性どちらが高いか考える必要があります。つまり無農薬野菜が絶対安全では無いようです。

また、メタボリック症候群の視点も含め、肉食については評価が低い状況です。確かに現代はカロリー過剰摂取とたんぱく質媒体の病気が増えつつあり、遺伝子構造が近い肉(哺乳類の肉)を避けた方が安全な気がします。ただ、動物としては自分の身体と組成が近いものの方が、消化効率が良い。つまり植物の葉より、根。根より実。実より動物の肉。肉の中でも虫・鳥より「4つ足:哺乳類」の法が順番に組成が近くなる。たとえば、豚は人との遺伝子の差が10%以下ゆえ、消化効率が優れているので、味覚として肉をおいしく感じると見ています。本来身体に優しい食物なのです。

過去、「人」は自分の力で取れるものしか食べれなかったので、草木の実、果物、植物の根、そして虫、小動物が身体にとってもっとも自然な食べ物と考えます。結論としてはかなり無理があることを承知で述べます。同意を得にくいのですが、無農薬野菜より遺伝子的にも問題が少なく、たんぱく質媒体の病気が少ない、ローカロリーの食物である「虫=昆虫」が人にとって優れた食材と結論を出すのは非常識でしょうか。見た目悪い部分を加工すれば結構食材として出すことが出来ると考えます。

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朝礼スピーチネタ;世間の常識について、歯磨き編

朝礼スピーチネタ;世間の常識について、歯磨き編

私の親友に歯学部の教授が居ます。
彼は、世間常識と異なる歯磨き方法をするようにいつも私に言っています。

[1] 食後の歯磨きは身体に悪い。30分以上経過してから実施すること。
[2] 1日2回磨くと歯を傷める。朝1番が良い。
[3] 歯を磨くならば、歯茎をマッサージしろ。歯茎にブラシの背を当てろ。

[1]についての説明をします。
食後30分以内に出る唾液は強いアルカリ性でこの唾液が胃に入ることで食事の消化で出た胃酸を中和するそうです。よって、食後すぐに歯を磨くとこの唾液を洗い流し、中和が不良で、胃酸過多で胃を傷めやすくなるそうです。

[2]についての説明をします。
歯石を含め、1日1回の歯磨きで十分に歯の汚れを落とせるそうです。それ以上はエナメル質を削り良い効果はない。口臭については磨くより、消臭剤の方が効果が高い。

[3]に付いて説明をします。
日本人の多くは歯磨きはするが、歯茎のマッサージに興味がないので、折角歯がきれいでも歯槽膿漏に掛かる方が多いそうです。綺麗な歯がそのまま抜ける。毎日歯茎をマッサージし血行を良くすることで、歯槽膿漏は相当防げるそうです。以上より、食後に歯を磨くと胃を傷める。

そういえば何時も歯を磨いているの方は胃が悪い気がしてきませんか。

皆さんが信ずる習慣は本当に身体に良いかじっくり考える必要があります。たとえば、界面活性剤の入っているシャンプーで毎日頭を洗うと毛が抜けやすくなり、新毛が生えにくくなるそうです。過ぎたるは及ばざるがごとし。綺麗にし過ぎると却って身体に悪いことが多いと感じています。抗菌は抗人間だったらどうなるのでしょうか。

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朝礼スピーチネタ;環境保全;割り箸における環境保全運動について

朝礼スピーチネタ;環境保全;割り箸における環境保全運動について

皆さんが日々利用する割り箸についての情報です。基礎知識として申し上げますと、日本における現在割り箸の年間年間消費数は250億膳となります。そして日本における割り箸の消費の96%を海外生産に頼っています。そのうち99%が中国産割り箸です。その年間消費量は120平方メートルの住宅1万7000戸の家に相当する木材利用量となります。そして中国製の割り箸の原材料を間伐材ではなく、通常の木を割り箸にする原材としている。これが問題です。中国は通常材を使用するためコストが安い。現在1膳あたり平均0,75円で日本に供給して居ます。それに対して日本ではコストが掛かる間伐材を原料に加工し割り箸にしているので、1膳あたり平均2,08円掛かっています。各大口需要企業はコスト削減を重視した結果、安い中国産に利用をシフトしてしまいました。最近日本製は4%しか使われていません。そういった環境下、先日中国都合で今までの1.5倍にする交渉を始めました。自国の森林保護が言い分です。自国森林保護の価格交渉は中国からの一方的通告です。シェアを押さえた上の巧みな交渉で、このコストアップ分を中国の森林保護費に当てるそうです。
日本企業がコスト重視をした結果、生まれた問題ではないでしょうか。コスト優先がもたらした弊害といえます。もともとは、割り箸の販売利益で日本の森林維持に必要な間伐材処理費用を払ってきたのです。本来森林を維持するための間伐材で作られることで、割り箸代金はその利益の1部を間伐費用にあて、日本の森林保全に利用されてきました。今後、国土保全のためにも割り箸代を林業維持費と考えるべきです。
まず、国産の割り箸を使う運動を開始しましょう。

その上での話となります。現在、日本の間伐材では全ての割り箸利用需要をカバーできません。その課題を解決する運動が始まっています。マイ箸運動です。詳細はwww.my-hashi.jp 等の運動がスタートしています。
これは後日詳細を記載いたします。

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朝礼スピーチネタ;911テロの考察その3

911テロ(同時多発テロ)の考察;5年前の米国に関する記述その3

5年前の9月11日、日本に戻ってきて、その日の夜9時過ぎに三井物産のOBの方たちにアメリカの近況やペンタゴン訪問の報告をしていました。そのとき、彼らに三井物産から緊急電話が入ってきたのです。そこで至急テレビを見るように言われました。ちょうどその時間に、911テロが発生したのです。驚くべきタイミングでした。今回掲載部分は少しになりましたが、連載してきたその当時の文章の続きをここに提示します。

■この文章を書いた翌日にアメリカの同時多発テロがくしくも起こった。「誇り」と「リスク」は隣り合わせであることを突きつけられた。一週間前の同日、同一の場所ペンタゴンにいた。生きていく「リスク」を強く感じている。少々唐突であるが、キリストの父であり、嵐の神である「エホバ」は生きることに厳しい。その考えを信条にしている米国は傷ついた「誇り」をどのように戻していくか。

米国にキリストの「やさしさ」を期待し、私はこの成り行きを見守る。

以上の内容にて当時ある出版物に投稿、掲載いたしました。かなり問い合わせを受け、話もさせて頂きました。

最後の言葉にて期待していたシナリオに残念ながら成りませんでした。最後の言葉「キリストのやさしさ」はなく、米国は妥協せず今日に至っています。1700年前のササン朝ペルシャ(古代イラン)と古代ローマ帝国との戦いの再現がなきことを心から祈って居ます。ローマ皇帝コモディスから始まった「パルティア;古代イラク」つぶしがやがてローマ帝国自身を滅ぼして行く歴史を繰り返すのでしょうか?

この機会を持ってアメリカについて書いてみようとおもいます。

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朝礼スピーチネタ;911テロの考察その2

911テロ(同時多発テロ)の考察;5年前の米国に関する記述その2

前回の続きの記述です。1951年、55年前の9月8日、日本が占領下より開放され、国際社会に戻れる条約が締結されました。そして執行日の52年4月28日に国際社会に独立国に戻れました。私は本日から5年前、日米講和条約締結50周年を迎えたその日、サンフランシスコにいました。この記述はいまから5年前の出来事になります。

 2001年9月8日は日米講和条約締結50周年である。日本が戦後の独立国として、スタートした記念日である。今、偶然にもその場にいる。50年前に再度独立国として、誇りを持つことが出来た日本は今、その「誇り」を国民に感じさせる力が減っている。この原因は、なにであろうか?個々の日本人にあるのではないだろうか?自分の答えを求めた。自分自身が現在、アイデンティティを減らしていることが原因である。私は国という組織に自己の意識まで、委ねている甘えを感じる。人が生きていくストレスが日本ではオブラートに包まれ優しくなっている。

 社会は安全を必要以上に重視して無駄なコストを使っている。日本にいると、その引き換えに「誇り」は抑えられている気がする。米国は確かに生きていくストレスを感じる。リスクが日本より、かなり強い。その分、自分のことは自分で情報を集め、分析し、自信を持って生きている。自分の判断で生きていく、そういった感覚が「誇り」を創る。「依存、依頼」の精神に「誇り」や人への「やさしさ」は持ち得まい。

 自信を持って人まかせにせず、自分で判断する。自分で生きる意思を日本人個々が持つ。生きることにはいつも「リスク」があり、常に隣り合わせにいる。そして、それらを理解した上で、自分が所属する国である日本を一人ひとりが少しづつ良くして行く。 それが21世紀に向かう日本人が誇りを取り戻す条件と考える。まず、自分から始める。そんな結論を今、持っている。

次回は9月11日911テロの発生した日に連載いたします。

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朝礼スピーチネタ;911テロの考察

911テロの考察;5年前の米国に関する記述その1

私は2001年9月6,7日の2日に亘り、参謀議長リチャードマイヤーズ氏のご招待を受け、ペンタゴンに訪問してきました。その記述を3回続けて連載します。この記事は当時、出版社から訪問時の記述を依頼されたもので、この3回は当時のまま、掲載された内容を開示いたします。

米国からの考察/日本人の誇りを取り戻そう      

       ビーシープロダクツ株式会社 

       代表取締役  渡邊 真人 

 生まれて初めて、ペンタゴンに行ってきた。

1773年の陸軍創設からの歴史が廊下に整然と並んでいた。軍は米国の成立より3年歴史が長いことを相当の誇りとしていた。200年以上にわたる戦争の歴史の変遷に合わせたストリーマが整然と沢山飾ってある。(ストリーマ;旗の先に付ける細い布)一つひとつは歴史であり、成果であると考えている。

 米国の軍は「誇り」の歴史であるようだ。さらに、軍の創設から個々の軍人に与えた、勲章受賞者の全ての名前が並んでいるコーナーがあり、この場所で毎年英雄を表彰する。殉職者を称えることを中心に個人の名誉(誇り)に相当の配慮がある。命を冒したり、失ったことで得る「誇り」には「リスク」が表裏一体で存在している。それらを案内した、制服担当の若者は最初から最後まで、こちらを見つめたまま、全く後ろを振り返ることもなく、後ろ向きで歩いている。自信に満ちた微笑を称えたまま、軍の歴史を語っていた。そして長い廊下(全部歩くと28キロにもわたるらしい)を後ろ向きに歩き切った。後ろを見ずとも前進できる。印象深かった。

その後表敬訪問した参謀議長Richard Myers氏(空軍出身初の議長)の部屋にも、そのストリーマの飾りがついた旗が沢山あった。軍のアイデンティティがはっきりと示され、「誇り」を持って示されている。この誇りを見せられた米国市民は軍をどのように見ていることであろうか。

 お世辞であるかも知れないが、ペンタゴンの日本部長Jhon Hill氏からもっとも信頼すべきパートナーは日本の自衛隊と言われた。その世界第2位の実力を持つ「セルフディフェンスフォース」はこの名誉を日本国内では与えられていない。隊員はいかに「誇り」を維持しているのか、つかめない。

次回の続きは9月8日、サンフランシスコ講和条約の締結日に記載します。

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現代科学技術の危うさについて

現代科学技術の危うさについて

私は大学の専攻が土木工学であったので、現代社会を支える建造物の工学的危うさについて述べてみます。

まず、最初にコンクリート強度ついて述べます。現在までコンクリートがなぜ固まるのか誰も正確に説明出来ていません。まず、コンクリートはセメントに砂利等の骨材を混ぜて出来て居ます。人類は紀元前からセメントを使用し、利用経験に基づいてコンクリートに利用しています。そしてこれまでの過去の経験を基に強さや丈夫さを計算し、構造物に利用しています。一定以上の強度があれば震度7程度に耐えられると考えられているのですが、その基準となる耐震基準も長年の経験を基準にして理論武装しているのです。地震震度の表示についても、テレビで良く言われる震度はかなり主観によるもので、数学的な数値ではありません。もし、住んでいる家が地震で壊れてもそのときの震度は良くわからないのが実情です。つまり、本当に今使っている構造物は大地震のときに大丈夫かどうか誰も保障できないのです。同じことは、橋の設計についてもいえます。過去の多くの失敗を積み重ね、してはいけないこととうまく行ったことをまとめてきて現在の長大橋が出来ています。経験以上の地震が来れば壊れることは十分にあります。自然と向き合う場合、万全と言うことはないと思います。

土木建築以外についても同様なことがあるようです。たとえば電気について専門家と話しをすると送電技術もなぜそうなるかわからないことが多いそうです。どうして電気が送れるのか良くわかっていないそうです。工学は経験則の上に理論を載せているのもが多いと思います。ただし、人がわからないから危ない。使わない。これは社会を止めてしまいます。社会の発展がなくなります。経験則に従う限り、通常環境では安全なのです。人が経験を無視し、増長したとき、自然からしっぺ返しをくらいます。つまり知恵や価格の過信・おごりが「危うい」と思います。

今東京にたくさん建っている超高層ビルが安全であることを願ってやみません。

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朝礼スピーチ題材;女性の社会進出について

女性の社会進出について

日本に専業主婦が出来たのは1950年ごろからであって、そんなに長い歴史はありません。当時、サラリーマンは「エリート」の代名詞であり、その奥さんになることは外で仕事をしないで生活できる憧れの「有閑マダム」つまり専業主婦業だったのです。女性が外(社会)で働かない生活分業をはっきりさせたのが近年のサラリーマン社会です。それ以前の日本は多くの方が共働きが前提の農業に従事し、女性も一人前の働き手でありました。その社会構造を工業化社会が分業化したのです。簡単に言えば、男性が朝早くから夜遅くまで会社で集中して働けるように、女性が家業を分担する分業体制を作り出したのです。重工業ではこの方法がもっとも効率が良く、近代日本人の生活パターンになりました。男性1人がまとまって働く方が男女2名が分担して会社で働くより効率が上がるためです。ただし20年ほど前からサービス業、特に「知的産業」が増えるにつれてこの手法が通じなくなりました。さらに長期不景気により賃金カット等で男性だけの収入では家庭を維持できなくなりました。その上、人口減少と「知的産業」の拡大により、女性が働く場が用意されたことで、男女とも働く環境に戻りつつあります。他国の例を見ますと、人口が少ない北欧は歴史的に人口不足の背景があり、女性進出が進んでいます。当然女性に働いてもらうための制度がたくさんあるのです。反対に近代工業化が遅れている国や地域では今でも共働きが中心です。
女性の職場進出はかつて、もっとも先進的であった、男女分業社会が世の中に合わなくなったと考えます。女性の社会進出は今後も続き、やがて男女同業に近づくでしょう。ちなみにこの問題で原因と言われる日本の男尊女卑思想は「武家社会」つまり1割のマイノリティ社会の考えであって、江戸時代の一般人には男女差はありませんでした。この件も戻りつつあります。時間軸を伸ばすと正しい将来が考えれると思います。

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7月7日 七夕に月を売買した人たちについて

七夕に月を売買した人たちについて このブログを見てすごいことだと感じ入っています。 http://blog.livedoor.jp/nagase_bcp1219/archives/50586504.html

月の土地の売買を実際に出来る仕組みを考える方とそれを買う方が居る事実はすごいことと思います。このような楽しい発想がある限り、人類は無限の可能性があると確信します。9月の十五夜が来るころには満月の半分ぐらいが売れているのではないでしょうか。うさぎの住処もちゃんと取ってやらないと先住民の権利侵害になると心配しています。楽しいブログでした。

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朝礼スピーチ題材;たばこの値上げについて

たばこの値上げについて

日本は7月1日に20円の値上げつまり1本1円程度の値上げをしました。平均価格は300円になり、この価格差のため、6月30日に駆け込み需要で160億本売れたそうです。4000万人が毎日20本吸うと20日で吸われることになります。税金では3000億円になる増税ですが、誰も大きな声で文句が言えない風潮が出来ました。世相的に逆らえない増税と言えましょう。タバコが好きな方には住み難い環境になってきました。ただし、世界的に始点を広げるともっと厳しい状況で、日本1箱300円程度ですが、シンガポールで460円、ドイツで540円、アメリカでは740円、イギリスでは980円。高い国はこんなに高いのです。今後日本が、毎年50円づつ値上げしてもイギリス並みになるには14年掛かります。

ちなみに調査によると現在吸っている方はどんな値上げしても禁煙しない人は60%程度、残りの40%が禁煙したいが、多くはきっとそのままでしょう。と答えています。つまり辞めない。たばこが吸える場所が減り、その上場所によっては罰金まで取られます。こんなに肩身は狭くなる一方であるに関わらず、嗜好品とはとても強い商品なのですね。

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サラリーマンのおこづかいについて

サラリーマンのおこづかいについて

現在、結婚されている多くのサラリーマンは給与全額を奥さんに渡し、そこから毎月の「おこづかい」をもらう方法をとっています。「お前はいくらこづかいを貰っている。」など同級生の酒の席の話題に出ることもあります。こういった会話は自分が稼いだお金で家庭が運営されていることを忘れ、自分で考えることを放棄しているのです。
ここに会社経営として問題が感じられます。もし会社運営上、お金を取り扱う立場の人が「おこづかい」を貰う精神であれば、会社のお金も他人事となります。自分の家庭の収支や資金管理が出来ないで居る人間は会社の収支や資金には責任や興味が心理的に深いところでもてないことになります。会社としてとても危ういのです。だから現在我社に入社する新入社員には、結婚をしても家庭収支管理を奥さんに渡すな。と言っています。「必要分だけ手渡せ。」と伝えています。こうして日々自分の家庭経営を知ることで、自分を磨くのです。手元にあるお金はすぐに使ってしまうから奥さんに任せるといっている人間は自分のことが他人事になります。自己責任を行使するためには、給与を自分で管理することから始めてください。自分の意思で生きていない人間に成らないためにも給与管理を自分でしてください。
毎月給料日に奥さんにお金を渡すことで威厳が保て、尊敬され、感謝されるのです。できれば、奥さんからおこづかいを貰うことは避けてください。

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朝礼スピーチ題材;中国について~現在北京語の豆知識

中国について~北京語の豆知識

中国に行くと筆談が出来ることを皆さん体験します。それは各漢字の意味がほぼ同じだから出来ることなのです。この件について述べます。
中国は1911年の辛亥革命に至る長い時間をわずか公用漢字4000字未満の文をつかい、国を統治してきました。多くの民族に命令を伝えるため、文字数を制限していたためです。科挙においては少ない漢字で意図を伝えることが最大の難関であったようです。そして文字が少ないため、人の意思ましてや感情を伝えることがとても困難であったのです。このため、近代化で大きな支障と成りました。革命当時、すぐ隣で漢字圏でありながら近代化を成功させた日本に当時のエリートが留学してきたのです。孫文、魯迅と言った若手中国の指導者が日本に滞在し、そして当時の日本にあった漢字の有用性を理解し、漢字造語を持ち帰ったのです。たとえば中華人民共和国の国名について述べますと、「中華」は昔から中国にあった言葉ですが、「人民」は福沢諭吉が「People」を日本語に造語したものであり、「共和国」も同様に「Republic Country」を造語したものです。現在の北京語原点の多くが日本語を持って帰って作ったので、意味が同じなのです。漢字自体は旧漢人が作ったものですが、その上に語彙体系と意味をつけたのは日本人であることを知り、そして自信を持ってください。ちなみに中国の科学技術書は1911年以後の言葉ばかりなので、殆ど日本人が造語したもので出来ています。
 よって筆談が出来るのです。ちなみに「電脳」等、最近は中国人の造語も少しづつ出ています。

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朝礼スピーチ題材;中国について~数字から見た中国の人口の矛盾

中国について~数字から見た中国の人口の矛盾

 仕事がら上海、北京に数度行ったことがあるのですが、日本のテレビ・マスコミがイメージするほど、人がいない。確かに朝の自転車ラッシュはすごいのですが、電車と比べたら移動効率が自転車では悪すぎる。大して人は移動していない。もし東京の通勤が自転車になったら毎朝2000万人が都心を目指し移動しているので、朝の自転車ラッシュはもっとすごいことになります。東京の電車の移動効率は大変優秀なのです。

 実際上海の人口は1300万人程度です。ただし、その面積は一都三県ほどの広さがあるのです。都心から少し離れた上海はのどかな風景が広がっているのです。そして北京。ここは1600万人程度に対して面積は一都六県程度の広さがあります。関東地方と同じ広さに1600万人程度しか住んでいません。。東京は4400万人が住んでいます。結構ゆったりとした都市なのです。これも郊外に行けば実感できます。そして世界最大の都市重慶は2000万人以上人が住んでいますが、面積は「九州と中国地方」を足したぐらいの面積です。ちなみに「九州と中国地方」には2000万人ほど住んでいますので、あの程度の込みぐあいと思ってください。九州には阿蘇山や別府や知覧があり広々としています。重慶はどこに人がそんなにいるか、と実感できる街です。

 中国では都市ではない残りの面積に9億人近い農民が一生懸命土地を耕しているのです。日本のようなインフラがないので、一極集中は出来ません。皆さん、こういった視点を持って自分の目で確かめてください。「矛盾」が見えてきます。

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サービスの創造~顧客不満は宝の山

サービスの創造について
これまで世の中にない新しい概念によるサービスを創ること、そして提供すること。これは相当な「気力と忍耐」が重要です。そして「運」を持ってこそ新しい道が切り開かれます。「運」が必要と思われるぐらいこの道は険しいのです。それゆえ、途中で諦めることが普通の人の判断です。つまり、やめてしまうのです。これに対して、顧客の不満を解消するサービスは前述のサービスと異なり、より即効性があるため成立の可能性が高いサービスなのです。成就が簡単なサービスといえます

弊社における前述のサービスは「モバイルフリー」「現金ポイントサービス」「セキュアDM」「モバイルアンケート」等です。後述サービスに当てはまるは「ネット社会とリアル社会の橋渡し」サービス。そして「+ケータイ」「DM事業」事業となります。

多くのサービスは社会理解を得るまで、それなりの時間が必要と考えています。当然、弊社サービスも未だに、「モバイルフリー」「現金ポイサービス」「セキュアDM」「モバイルアンケート」は世間の認知を受ける荒波を受けています。そのような環境下、これからも新サービスである「モバイルフリー」「現金ポイントサービス」「セキュアDM」「モバイルアンケート」提供を続けます。これより弊社は、地域活性化支援サービスを視野に入れて社会に役立つ商売の道を探ります。つまり、顧客の不満を分析理解し、顧客に成り代わり、考え、新たな手法を共に探ります。顧客の「不満」や「知らないこと」は新しいサービスの「宝の山」と言えるのです。これを知ることが事業の基本と言えます。

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携帯電話について~青少年の社会参加障害

政府調査によりますと、青少年における携帯の平均的通話時間は1日平均11.9分。
平均通話料がまだはっきりしませんので、推定してみます。
1分の彼らが考えている平均通話料は42円/分です。(実際の通話料はもっと高いと思われるのですが、青少年たちの持つ通話イメージ金額で計算しました。)
11.9分×42円×30日=14.994円/月。
推定の域を出ないのですが、彼ら彼女ら若い層は月額15,000円程度は利用していそうです。月額基本固定費とパケフリ代金をあわせ2万円超を毎月通話代金に当てていることになります。多くの親はこの経費を出せないため、この費用を稼ぐためにアルバイトをする生徒が多いと推察されます。学校が終わってバイトして、家に帰って親指運動(メール発信)をする。多くの通信経費は「群れるため」に使う仲間との会話・メールコストです。アルバイトをしてまで払う費用で得られるモノは仲間と繋がっていられる安心感。仲間との会話・メールでは本人の人間成長のプラスにはなりにくいと考えます。古く深い仲間のみと入り浸る居心地の良い世間がある人間は、青少年社会に参加をしなくなる傾向が強まることを私は危惧しています。
携帯電話が作る環境は青少年の人間成長には決して良い環境ではないと言えます。

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社会正義 人に迷惑を掛けないこと

 最近、若い方のみならず、中年の方も個人主義を勘違いされていると感じる場面に出会います。そういった方に質問をします。「なぜ、人は他人を殺してはいけないのでしょうか?」意外に多くの方が答えに窮します。生活規範の基本概念に対して「なぜ」を自ら考えないためと思われます。

殺していけない理由について私の意見を述べます。人間の生活規範にはが存在します。まず、「法」の視点では、「禁止」とすること。古来より「人を殺していけない」と決まっているのです。多くの指導者や宗教家がこれを決めて「畜生」と人間を分離する考えを示しました。だからやってはいけない。「理」の視点では、「哲学」の合理性。他人が自分を殺しに来ると考えて日々行動することは時間・労力・コスト全て割に合わない。自分が相手を殺さないと示し、互いに理性を持って殺さないと確認することで生活の効率を上げる。合理的に生きる知恵です。「情」の視点では、「気持ち」。もし自分の身内が殺されたら悲しいでしょう。相手も同じです。さらに恨みの連鎖も起こります。悲しみが続くことになる。だから殺してはいけない。

人間はどういったときに他人を殺すのでしょう。本来哺乳類の社会では生きていくため、雄は縄張りを守り、一族を守ります。一族の生活のため、命を賭けているので、まれには相手を殺すことも起こります。しかし、むやみに殺しはしない。人間は動物のような争いをなくすための基本生活規範を理解しているに関わらず、「戦争」という大量殺戮を定期的に起します。これについての考察は、順次掲載いたします。

次回、個人主義とはなにかを取り上げてみます。

<傘について 悪意なき窃盗>←前ページ     続き→<母の日の由来について >

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リクルートについて~日本初起業家訓練校の考察

私は社会に出て1年で転職をしました。
その就職先が「リクルート」でした。
この会社は現在起業家輩出企業としてすばらしい功績を残し、そして今も積み重ねています。
私が在籍した当時のリクルートは起業家梁山泊の様相を成していて、自分で会社を起業しようと夢見る人間にはとてもありがたい環境でした。
独自性に満ちた商品が社内に溢れ、その商品については自分で考え、組み立てて売ってくる。
誰も教えてくれない。全て自分で考える。
上司に言われることはノルマ達成のことだけであり、全社がノルマ達成ための知恵に溢れていました。
創業者の志がいたるところに掲示され、新しい社会を創る喜びがそこにはありました。
行動力ある先輩、同期、後輩皆すばらしい人ばかりでした。
「自ら機会を創り、機会によって自らを変えよ。」
この精神が本当に身に沁みて今日の自分がいます。
起業するノウハウの塊がごろごろとしている職場でした。
ただ、1つだけ受け入れられなかったことがあります。
社会正義性より「金」が重視される社風でした。
この問題がなければ、私はこの会社に骨を埋めれたと今でも思っています。
リクルートにはとても感謝しています。
そして起業するにあたり最も重要な「人の縁」をこの会社を基に沢山得ました。
エンジャパンの越智社長、Usenの宇野社長等を始め、お世話になった方々がこの会社の関係から広がりました。
起業とは人の縁を創ることと思います。
縁を維持し、関係を保つことはとても力が要ることです。
それが生きることであり、豊かな人生を導くものであります。

<学生時代を考える~自分の就職日記>←前ページ     続き→<携帯電話料金について~不透明で高い通話料 >

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「職」を持つことは、「誇り」を持つ第一歩。

「職」を持つことは、「誇り」を持つ第一歩。

世界は今も食べるための生存競争社会であり、
世界の多くの子供はその真っ只中にいる。
日本の現在の学校教育はそういった事実から目をそらし、競争を回避し、
皆仲良く生きることを教える。
なんのために勉強しているかを優しくオブラートされている。
学校で学ぶことは社会の競争に勝つことにある。
将来の社会競争に備えて学問を習得している。
そして、大人になったとき、自分の得意分野で「職」を持つ。
「職」を持つことは、「誇り」を持つ第一歩。
職が無き者は人の「誇り」がもてない。
そのことを知らせることが、教育の義務である。

自分のことは自分で情報を集め、分析し、自信を持って生きる。
自分の判断で生きていく、そういった感覚が「誇り」を創る。
「依存、依頼」の精神に「誇り」や人への「やさしさ」はもてない。


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