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朝礼スピーチネタ;これからの日本を考える

朝礼スピーチネタ;これからの日本を考える

12月21日のブログの続きです。

「ローマ人の物語」第15刊を読んでの感想です。ローマ末期は治安が次第に失われ、国が滅びつつありました。帝国にはお金がなく、施策無しになり、国家崩壊に向かっていたにかかわらず当時、人々は以前よりすごく金持ちになっていて、国事は他人事になっていたようです。以前のローマ人の心であった、自国防衛を自分の身体で行う心はすでに無くなっていて、本国の防御防衛はお金で雇った兵を中心とした軍隊にまかせたのでありました。そうしておいて、傭兵が軍事成果を挙げると皇帝は優秀な司令官を疑い、あらぬ罪で処刑し、結果どんどんローマは行き詰りました。
そのような状況なので、蛮族と言われる「ゲルマン族」、さらに上を行く最も野蛮な「フン族」にとってローマ帝国は略奪するための絶好の対象になったのです。たびたび蛮族が帝国内に流れ込まれそのため、防御をする必要に迫られたのです。が、本国では議論と内輪もめをし、責任を皇帝に擦り付けたのです。官僚は次々と新皇帝を暗殺し続け、官僚たちが自分の利益だけ追求していた間に蛮族にとうとうローマ市内にも攻め込まれ、帝国は急激に衰退していきました。やがて誰も皇帝を継承しなくなり、帝国は自然消滅してしまったのです。ローマ消滅700年前のカルタゴ陥落のような、派手話はなく、ひっそりと消滅したそうです。皇帝不在で国が無くなった後、ローマの富は順次蛮族に持ち去られ、街から人が去り、土に埋もれて往きました。人心が去り、そして帝国首都も土に還ったのです。

ちなみに現在、ローマ市街で見ることが出来る観光スポットの一部は、土に埋まった施設を再度発掘したもので、1700年前の姿を綺麗に残しています。残念ながら、ポンペイウスやカエサルの建造物の多くは現在街の地下にあり、現在の町並みの下に構築されているので、直接見ることは出来ません。

今の日本を1000年後に見る機会があれば、そのときの日本を見た時、どういった感想を持ちえるか。歴史は繰り返すのです。東京も土に埋もれている可能性を感じます。その不安は、自分が良ければ他は関係無いと言う考えであり、その考えでやがては自分も滅ぶことをローマ史が証明しています。
これより、カエサル(シーザー)が現れるか、このまま消滅の道を歩むのか、それは日本人の郷土愛によるところが大きいと思います。自分を大事にすることは郷土を愛し、守ることなのです。

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朝礼スピーチネタ;心つくりについて すぐに出来る美しい心のつくり方

朝礼スピーチネタ;心つくりについて すぐに出来る美しい心のつくり方

日々、生活をする意味で気持ち良くそして効率良く出来る考えを述べて見ます。身近な例として、会社ビルの1階扉について述べます。弊社は自動扉ではないので、入出館する際に扉を押し開ける取手がついています。その取手を無視して、ガラスをダイレクトに押す人が居ます。視線上に手の平指紋がベタリと残り、いやでも目に入ってきます。気持ち良いものではありません。掃除の方が毎日一所懸命磨いてくれているのですが、すぐに指紋がついています。いつかは気が付くことを期待してきましたが、掃除の手間が大変であることををわかってもらうため、来客まで含めると運用が大変でしょうが、10月からは指紋が一致した方にガラスを磨いてもらうと表示しようか考えています。自分で掃除の手間の大変さを知ればきっと汚さなくなるでしょう。汚れは心の隙を生じ、やがて壊れても気にならない心になると考えています。こういったことで是正できれば十分価値がありそうです。

学術的にみると、「心をきれいにする Broken Window(クリング博士)」の考えがあり、ニューヨークが世界一の犯罪都市から蘇えらせた運動・活動方針です。もともとは「禅の精神」日本の心に沿った運動なのですが、最近本家本元の日本人の心が壊れてきた気がします。まずは「自社よりはじめよ。」心をつくります。

心つくりとは以下のことを基本に生活を改めれば、すぐに効果が出ます。
1.心を掃除する、きれいにする→掃除・奉仕・返事・整頓。毎日します。
2.心を使う→目標作る・記入方法を示す・優先順位をつけ、すぐ実施。
3.心を強くする→継続・「敵は自分」必ず続けること。
4.心を整理する→過去を悔やむな・未来を憂うな。将来を見定めよ。
5.心を広める→人に教えることで自分の理解を深める。

10月から始める宣言をここでしたいと思います。

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朝礼スピーチネタ;911テロの考察その3

911テロ(同時多発テロ)の考察;5年前の米国に関する記述その3

5年前の9月11日、日本に戻ってきて、その日の夜9時過ぎに三井物産のOBの方たちにアメリカの近況やペンタゴン訪問の報告をしていました。そのとき、彼らに三井物産から緊急電話が入ってきたのです。そこで至急テレビを見るように言われました。ちょうどその時間に、911テロが発生したのです。驚くべきタイミングでした。今回掲載部分は少しになりましたが、連載してきたその当時の文章の続きをここに提示します。

■この文章を書いた翌日にアメリカの同時多発テロがくしくも起こった。「誇り」と「リスク」は隣り合わせであることを突きつけられた。一週間前の同日、同一の場所ペンタゴンにいた。生きていく「リスク」を強く感じている。少々唐突であるが、キリストの父であり、嵐の神である「エホバ」は生きることに厳しい。その考えを信条にしている米国は傷ついた「誇り」をどのように戻していくか。

米国にキリストの「やさしさ」を期待し、私はこの成り行きを見守る。

以上の内容にて当時ある出版物に投稿、掲載いたしました。かなり問い合わせを受け、話もさせて頂きました。

最後の言葉にて期待していたシナリオに残念ながら成りませんでした。最後の言葉「キリストのやさしさ」はなく、米国は妥協せず今日に至っています。1700年前のササン朝ペルシャ(古代イラン)と古代ローマ帝国との戦いの再現がなきことを心から祈って居ます。ローマ皇帝コモディスから始まった「パルティア;古代イラク」つぶしがやがてローマ帝国自身を滅ぼして行く歴史を繰り返すのでしょうか?

この機会を持ってアメリカについて書いてみようとおもいます。

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朝礼スピーチネタ;911テロの考察その2

911テロ(同時多発テロ)の考察;5年前の米国に関する記述その2

前回の続きの記述です。1951年、55年前の9月8日、日本が占領下より開放され、国際社会に戻れる条約が締結されました。そして執行日の52年4月28日に国際社会に独立国に戻れました。私は本日から5年前、日米講和条約締結50周年を迎えたその日、サンフランシスコにいました。この記述はいまから5年前の出来事になります。

 2001年9月8日は日米講和条約締結50周年である。日本が戦後の独立国として、スタートした記念日である。今、偶然にもその場にいる。50年前に再度独立国として、誇りを持つことが出来た日本は今、その「誇り」を国民に感じさせる力が減っている。この原因は、なにであろうか?個々の日本人にあるのではないだろうか?自分の答えを求めた。自分自身が現在、アイデンティティを減らしていることが原因である。私は国という組織に自己の意識まで、委ねている甘えを感じる。人が生きていくストレスが日本ではオブラートに包まれ優しくなっている。

 社会は安全を必要以上に重視して無駄なコストを使っている。日本にいると、その引き換えに「誇り」は抑えられている気がする。米国は確かに生きていくストレスを感じる。リスクが日本より、かなり強い。その分、自分のことは自分で情報を集め、分析し、自信を持って生きている。自分の判断で生きていく、そういった感覚が「誇り」を創る。「依存、依頼」の精神に「誇り」や人への「やさしさ」は持ち得まい。

 自信を持って人まかせにせず、自分で判断する。自分で生きる意思を日本人個々が持つ。生きることにはいつも「リスク」があり、常に隣り合わせにいる。そして、それらを理解した上で、自分が所属する国である日本を一人ひとりが少しづつ良くして行く。 それが21世紀に向かう日本人が誇りを取り戻す条件と考える。まず、自分から始める。そんな結論を今、持っている。

次回は9月11日911テロの発生した日に連載いたします。

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朝礼スピーチネタ;911テロの考察

911テロの考察;5年前の米国に関する記述その1

私は2001年9月6,7日の2日に亘り、参謀議長リチャードマイヤーズ氏のご招待を受け、ペンタゴンに訪問してきました。その記述を3回続けて連載します。この記事は当時、出版社から訪問時の記述を依頼されたもので、この3回は当時のまま、掲載された内容を開示いたします。

米国からの考察/日本人の誇りを取り戻そう      

       ビーシープロダクツ株式会社 

       代表取締役  渡邊 真人 

 生まれて初めて、ペンタゴンに行ってきた。

1773年の陸軍創設からの歴史が廊下に整然と並んでいた。軍は米国の成立より3年歴史が長いことを相当の誇りとしていた。200年以上にわたる戦争の歴史の変遷に合わせたストリーマが整然と沢山飾ってある。(ストリーマ;旗の先に付ける細い布)一つひとつは歴史であり、成果であると考えている。

 米国の軍は「誇り」の歴史であるようだ。さらに、軍の創設から個々の軍人に与えた、勲章受賞者の全ての名前が並んでいるコーナーがあり、この場所で毎年英雄を表彰する。殉職者を称えることを中心に個人の名誉(誇り)に相当の配慮がある。命を冒したり、失ったことで得る「誇り」には「リスク」が表裏一体で存在している。それらを案内した、制服担当の若者は最初から最後まで、こちらを見つめたまま、全く後ろを振り返ることもなく、後ろ向きで歩いている。自信に満ちた微笑を称えたまま、軍の歴史を語っていた。そして長い廊下(全部歩くと28キロにもわたるらしい)を後ろ向きに歩き切った。後ろを見ずとも前進できる。印象深かった。

その後表敬訪問した参謀議長Richard Myers氏(空軍出身初の議長)の部屋にも、そのストリーマの飾りがついた旗が沢山あった。軍のアイデンティティがはっきりと示され、「誇り」を持って示されている。この誇りを見せられた米国市民は軍をどのように見ていることであろうか。

 お世辞であるかも知れないが、ペンタゴンの日本部長Jhon Hill氏からもっとも信頼すべきパートナーは日本の自衛隊と言われた。その世界第2位の実力を持つ「セルフディフェンスフォース」はこの名誉を日本国内では与えられていない。隊員はいかに「誇り」を維持しているのか、つかめない。

次回の続きは9月8日、サンフランシスコ講和条約の締結日に記載します。

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朝礼スピーチネタ;社会の安全性と自己責任について

朝礼スピーチネタ;社会の安全性と自己責任について

最近、六本木ヒルズで起こった、「回転ドア」の事故は時間が経過し話題に上らなくなりました。現在、大型回転ドアは当時の問題を解決し、相当安全な対策を施し、汐留センタービル等の一流ビルで活躍しています。その事故防止に対する創意工夫については目を見張る思いです。

六本木ヒルズ事故当時、私は300名ほどに個人的に以下のアンケートを実施しました。この事故の責任者は誰か?という問いです。
1、ビルのオーナー
2、回転ドアのメーカー
3、事故に遭った子供の母親
ことたのアンケートでは、マスコミの意見とは異なり、過半数は「母親」が事故責任者と言う結果でした。このような事故原因について、親の責任でないとするならば、日本はさらに規制が増え、社会の安全コストが以上に上がり大変住み難い世の中になると予測します。多かれ少なかれ、日本人はこういった自己責任の考えが国・自治体任せで甘いと感じています。自分の安全は自分で考え、行動することが大事です。もし、自己責任を考えず、メーカーに責任を問えば、新たな技術による運搬商品の製造できなくなります。

今、シンドラー社製エレベータに関わる事故がマスコミを通じ世間で話題になっています。ただし、回転ドア事故後、全国の回転ドアの利用自粛をしたようなことはなく、事故を起こしたメーカー以外の使用を禁止命令をすることはありませんでした。社会で普及度が圧倒的に高いエレベータやエスカレータは、回転ドアのように使用中止できない側面もあるのでしょうが、多くの人は回転ドアと比べ危ないと感じていないのでしょう。
本来、エスカレータについては決して安全とはいえないと思います。たとえば、東京消防庁管轄でエスカレータに関わる緊急出動が昨年1,000件を超えているそうです。

こういった環境下、JR東日本と日立製作所が共同で東京大学にて研究中のユニバーサルデザインを導入したエスカレータの実証実験を高崎駅で実験しています。このような短所を工夫し、改善する行動がすばらしいと思います。社会的価値がある新たな工夫や取り組みを私は評価しています。「ハチドリの滴」のような大人の対応であると思います。

高崎駅でのユニバーサルデザインを導入したエスカレータの実証実験
    ↓

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朝礼スピーチネタ;お盆について

朝礼スピーチネタ;お盆について

本日8月8日は旧暦7月15日です。諸説多い中、お盆の由来について調べて見ました。

昔から日本では多くの方たちが盆と正月を同等の行事に捉えていたようです。
先に正月について述べますと、正月は神になった先祖を各家庭に迎える行事であり、門松によって神を招きよせるものです。それに対して盆は神になっていない段階の新しい先祖の霊魂を各家庭に迎える行事です。新しい霊魂とは33回忌(50回忌説もあるようです。)が終わっていない霊魂で、まだ、荒々しい面があるので精霊棚を作り、お迎えに行く慣わしなのです。
お盆は旧暦7月15日に実施された行事で、7月13日に精霊迎えを行い、お盆が終わる16日に精霊流しを行います。主には先祖の霊魂を川や海に送り出します。これは海の彼方に他界(死者の世界)があると信じていたためです。また、山中他界も信じられていてこの考えが京都の「送り火」の行事になります。

お盆には先祖の霊魂が各家庭に戻ってくるので、一族が集まってお迎えをするのです。そして正月同様一族皆で一緒に食事をします。そのとき、皆で食べる食事をお土産として持参したものが、お中元でありました。本来お中元は一族の中で遣り取りするものだったようです。そして先祖の霊魂を鎮めるために盆踊りをしていたのです。
お盆とは日本独自の土着の文化と言えるでしょう。

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現代科学技術の危うさについて

現代科学技術の危うさについて

私は大学の専攻が土木工学であったので、現代社会を支える建造物の工学的危うさについて述べてみます。

まず、最初にコンクリート強度ついて述べます。現在までコンクリートがなぜ固まるのか誰も正確に説明出来ていません。まず、コンクリートはセメントに砂利等の骨材を混ぜて出来て居ます。人類は紀元前からセメントを使用し、利用経験に基づいてコンクリートに利用しています。そしてこれまでの過去の経験を基に強さや丈夫さを計算し、構造物に利用しています。一定以上の強度があれば震度7程度に耐えられると考えられているのですが、その基準となる耐震基準も長年の経験を基準にして理論武装しているのです。地震震度の表示についても、テレビで良く言われる震度はかなり主観によるもので、数学的な数値ではありません。もし、住んでいる家が地震で壊れてもそのときの震度は良くわからないのが実情です。つまり、本当に今使っている構造物は大地震のときに大丈夫かどうか誰も保障できないのです。同じことは、橋の設計についてもいえます。過去の多くの失敗を積み重ね、してはいけないこととうまく行ったことをまとめてきて現在の長大橋が出来ています。経験以上の地震が来れば壊れることは十分にあります。自然と向き合う場合、万全と言うことはないと思います。

土木建築以外についても同様なことがあるようです。たとえば電気について専門家と話しをすると送電技術もなぜそうなるかわからないことが多いそうです。どうして電気が送れるのか良くわかっていないそうです。工学は経験則の上に理論を載せているのもが多いと思います。ただし、人がわからないから危ない。使わない。これは社会を止めてしまいます。社会の発展がなくなります。経験則に従う限り、通常環境では安全なのです。人が経験を無視し、増長したとき、自然からしっぺ返しをくらいます。つまり知恵や価格の過信・おごりが「危うい」と思います。

今東京にたくさん建っている超高層ビルが安全であることを願ってやみません。

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朝礼スピーチ題材;女性の社会進出について

女性の社会進出について

日本に専業主婦が出来たのは1950年ごろからであって、そんなに長い歴史はありません。当時、サラリーマンは「エリート」の代名詞であり、その奥さんになることは外で仕事をしないで生活できる憧れの「有閑マダム」つまり専業主婦業だったのです。女性が外(社会)で働かない生活分業をはっきりさせたのが近年のサラリーマン社会です。それ以前の日本は多くの方が共働きが前提の農業に従事し、女性も一人前の働き手でありました。その社会構造を工業化社会が分業化したのです。簡単に言えば、男性が朝早くから夜遅くまで会社で集中して働けるように、女性が家業を分担する分業体制を作り出したのです。重工業ではこの方法がもっとも効率が良く、近代日本人の生活パターンになりました。男性1人がまとまって働く方が男女2名が分担して会社で働くより効率が上がるためです。ただし20年ほど前からサービス業、特に「知的産業」が増えるにつれてこの手法が通じなくなりました。さらに長期不景気により賃金カット等で男性だけの収入では家庭を維持できなくなりました。その上、人口減少と「知的産業」の拡大により、女性が働く場が用意されたことで、男女とも働く環境に戻りつつあります。他国の例を見ますと、人口が少ない北欧は歴史的に人口不足の背景があり、女性進出が進んでいます。当然女性に働いてもらうための制度がたくさんあるのです。反対に近代工業化が遅れている国や地域では今でも共働きが中心です。
女性の職場進出はかつて、もっとも先進的であった、男女分業社会が世の中に合わなくなったと考えます。女性の社会進出は今後も続き、やがて男女同業に近づくでしょう。ちなみにこの問題で原因と言われる日本の男尊女卑思想は「武家社会」つまり1割のマイノリティ社会の考えであって、江戸時代の一般人には男女差はありませんでした。この件も戻りつつあります。時間軸を伸ばすと正しい将来が考えれると思います。

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7月7日 七夕に月を売買した人たちについて

七夕に月を売買した人たちについて このブログを見てすごいことだと感じ入っています。 http://blog.livedoor.jp/nagase_bcp1219/archives/50586504.html

月の土地の売買を実際に出来る仕組みを考える方とそれを買う方が居る事実はすごいことと思います。このような楽しい発想がある限り、人類は無限の可能性があると確信します。9月の十五夜が来るころには満月の半分ぐらいが売れているのではないでしょうか。うさぎの住処もちゃんと取ってやらないと先住民の権利侵害になると心配しています。楽しいブログでした。

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サラリーマンのおこづかいについて

サラリーマンのおこづかいについて

現在、結婚されている多くのサラリーマンは給与全額を奥さんに渡し、そこから毎月の「おこづかい」をもらう方法をとっています。「お前はいくらこづかいを貰っている。」など同級生の酒の席の話題に出ることもあります。こういった会話は自分が稼いだお金で家庭が運営されていることを忘れ、自分で考えることを放棄しているのです。
ここに会社経営として問題が感じられます。もし会社運営上、お金を取り扱う立場の人が「おこづかい」を貰う精神であれば、会社のお金も他人事となります。自分の家庭の収支や資金管理が出来ないで居る人間は会社の収支や資金には責任や興味が心理的に深いところでもてないことになります。会社としてとても危ういのです。だから現在我社に入社する新入社員には、結婚をしても家庭収支管理を奥さんに渡すな。と言っています。「必要分だけ手渡せ。」と伝えています。こうして日々自分の家庭経営を知ることで、自分を磨くのです。手元にあるお金はすぐに使ってしまうから奥さんに任せるといっている人間は自分のことが他人事になります。自己責任を行使するためには、給与を自分で管理することから始めてください。自分の意思で生きていない人間に成らないためにも給与管理を自分でしてください。
毎月給料日に奥さんにお金を渡すことで威厳が保て、尊敬され、感謝されるのです。できれば、奥さんからおこづかいを貰うことは避けてください。

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朝礼スピーチ題材;中国について~現在北京語の豆知識

中国について~北京語の豆知識

中国に行くと筆談が出来ることを皆さん体験します。それは各漢字の意味がほぼ同じだから出来ることなのです。この件について述べます。
中国は1911年の辛亥革命に至る長い時間をわずか公用漢字4000字未満の文をつかい、国を統治してきました。多くの民族に命令を伝えるため、文字数を制限していたためです。科挙においては少ない漢字で意図を伝えることが最大の難関であったようです。そして文字が少ないため、人の意思ましてや感情を伝えることがとても困難であったのです。このため、近代化で大きな支障と成りました。革命当時、すぐ隣で漢字圏でありながら近代化を成功させた日本に当時のエリートが留学してきたのです。孫文、魯迅と言った若手中国の指導者が日本に滞在し、そして当時の日本にあった漢字の有用性を理解し、漢字造語を持ち帰ったのです。たとえば中華人民共和国の国名について述べますと、「中華」は昔から中国にあった言葉ですが、「人民」は福沢諭吉が「People」を日本語に造語したものであり、「共和国」も同様に「Republic Country」を造語したものです。現在の北京語原点の多くが日本語を持って帰って作ったので、意味が同じなのです。漢字自体は旧漢人が作ったものですが、その上に語彙体系と意味をつけたのは日本人であることを知り、そして自信を持ってください。ちなみに中国の科学技術書は1911年以後の言葉ばかりなので、殆ど日本人が造語したもので出来ています。
 よって筆談が出来るのです。ちなみに「電脳」等、最近は中国人の造語も少しづつ出ています。

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朝礼スピーチ題材;中国について~数字から見た中国の人口の矛盾

中国について~数字から見た中国の人口の矛盾

 仕事がら上海、北京に数度行ったことがあるのですが、日本のテレビ・マスコミがイメージするほど、人がいない。確かに朝の自転車ラッシュはすごいのですが、電車と比べたら移動効率が自転車では悪すぎる。大して人は移動していない。もし東京の通勤が自転車になったら毎朝2000万人が都心を目指し移動しているので、朝の自転車ラッシュはもっとすごいことになります。東京の電車の移動効率は大変優秀なのです。

 実際上海の人口は1300万人程度です。ただし、その面積は一都三県ほどの広さがあるのです。都心から少し離れた上海はのどかな風景が広がっているのです。そして北京。ここは1600万人程度に対して面積は一都六県程度の広さがあります。関東地方と同じ広さに1600万人程度しか住んでいません。。東京は4400万人が住んでいます。結構ゆったりとした都市なのです。これも郊外に行けば実感できます。そして世界最大の都市重慶は2000万人以上人が住んでいますが、面積は「九州と中国地方」を足したぐらいの面積です。ちなみに「九州と中国地方」には2000万人ほど住んでいますので、あの程度の込みぐあいと思ってください。九州には阿蘇山や別府や知覧があり広々としています。重慶はどこに人がそんなにいるか、と実感できる街です。

 中国では都市ではない残りの面積に9億人近い農民が一生懸命土地を耕しているのです。日本のようなインフラがないので、一極集中は出来ません。皆さん、こういった視点を持って自分の目で確かめてください。「矛盾」が見えてきます。

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メール文化〜心遣いが重要な通信サービス

地図を載せてみる…(名古屋本社です)☆

現在、意志の疎通に重要な道具として広く普及している、電子メールの意思疎通について意見を述べます。
この技術・サービスは生活やビジネスにおいて、大変便利で有益と考えています。20年前にはCD−R1枚のデータをアメリカ本土に衛星経由送信するコストが何千万円も必要だった時代とは隔絶の感があります。また便利ゆえ、使い方を間違えると大変有害なものと成ります。なぜならば、通常のメールでは相手の息吹・気持ち・状況が感じにくい。相手の方がこちらの気持ちを理解できずに読めば、いかなる言葉を使おうとも意思は全く通じないことが良く発生します。バーチャル空間では顔が見えないので、どうしても言葉が心に沁みにくい。逆に、良いイメージを持っていると全て前向きに読めてくる。たとえば、感謝の言葉で飾るとメール自体が内容が明るくなる。考えてみれば、身内のメールは短く、端的。それで十分であり、人間関係が遠くなるほど、誠心誠意の文章が生きてくるはずです。
仕事はこのようなことに気をつけるべきと考えます。
交渉、特にトラブルではメールは混乱を助長していることは多いと感じます。「メールに頼り、直接会って話しをしない。」これはとても危ういことです。業務をメールだけで進めている人は大きなトラブルに巻き込まれやすい。それは、人が言葉が同じイメージを共有できないことが1つの原因であるのです。いつも仕事でメールを多用する方は同様の思いを味わったことがあると思います。私は新たな概念を人に伝える際、メールは使わないようにしています。人と会って話さないと、言葉は違うイメージを作り誤解を生むからです。
「知」を伝えるシステムは「心」に対して弱いことを感じる日々です。

<携帯電話 人を退化させる?>←前ページ     続き→< 朝礼について〜朝の共有時間について>

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携帯電話 人を退化させる?

最近、気になることがあります。

所かまわず地面にそのまま座る。靴をスリッパのように履く。人前で平然と化粧をする。そして人前で平気で 着替える女子高生までいます。人としてのモラルが在りません。これらの事象で共通することは外=社会に出ている緊張感が欠落し、自宅/」と「社会/」の差が意識の中で薄れ、自宅に居る感覚で社会生活をしていると考えます。
私の推察ではこういった現象の原因の1つに携帯電話の普及があるように思えす。どこでもかまわず電話できる環境がある。いつでもメールが受けられる。出せる。周りにある「場」のメリハリが薄れ、身の回りの人間が見えなくなり、そして関係なくなるのではないでしょうか。
提案として、教育のためにも携帯電話の利用年齢制限を作り、社会参加への憧れを設定したい。利用できる年齢を18歳以上にして、大人の自覚を持たせ、ルール・マナー、道徳といった責任と義務を持つことで携帯利用の権利を得ることを知らせたいと思います。人は社会を意識して初めて「大人」になるのです。規制を作ることで、社会での緊張感維持に少しでも役立つことを願います。

<個人主義について 責任と義務そして行動制限>←前ページ     続き→< >

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傘について 悪意なき窃盗

飲食店などで傘立てに入れるのですが、その傘が無くなる。
急な雨が降るとまた嫌な思いをする。
こういったことが少しは改善する期待を込めて。

困る事例は結構あるのです。
自分の傘を捜して帰ろうと傘立てを見る。
すると骨が半分以上折れた傘しかない。急な雨は憂鬱である。
数ヶ月前から対策を打った。
社名を大きくいれ、「桂春團治」のシールを貼ったが、効果は弱い。

傘をもって行ったままの人間はきっとなにも考えもせず、
迷惑を掛けていることも気が付かないのであろうか。
こうやって平気でものを取っていく人は自分に甘い。
そして自分に甘いことに最も気が付いていないと考察しています。
学校が教える次元の問題ではないが、教えないと
きっとこの問題は続くでしょう。
この延長に自転車の乗り逃げがあると思う。
その先には気軽な万引きと言う構図が想定される。

これを読んだ方々にはお願いがあります。知恵をいただきたい。
自分に甘い人にどうすれば、生活慣習を直そうと考え始めるのでしょうか?

<携帯電話料金について〜若い人間の文化喪失>←前ページ     続き→< 社会正義 人に迷惑を掛けないこと>

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携帯電話料金について~不透明で高い通話料

 最近仕事の関係で携帯電話の課金システムを研究しています。
こういった経過から携帯電話会社の課金システムについて疑問を呈したいと思います。
 まず、若い世代に1分あたりの通話代金についてアンケートをする機会を得ました。
この結果1分あたり@35円ぐらいの感覚が中心値になっていました。
どうしてこのような数値となっているのか私の考えを述べてまいります。
まず、現在の日本の課金システムにおいて他キャリア間通話は1分@19.20円以下が不可能に関わらず、各携帯電話会社の料金表を精査すると最も通話代金が有利で安いプランは「@10円」と大きく記載されています。
しかし、よく見ると表の右隅にとても小さく「30秒あたり」と記載されているのです。
社会性高い企業がこのような表記をして良いものなのでしょうか。
さらに表記価格は自社間の通話代金が設定基準であります。
他社との通話では@70円ぐらいになっているのではないかと今疑を持ち、調査しています。(この結果はこのブログで必ず報告いたします。)
実際、固定電話から携帯電話に電話すると1分あたり@60円が相場なのです。
社会正義性含め、しばらく携帯電話について考えを述べて行きます。

<リクルートについて~日本初起業家訓練校の考察>←前ページ     続き→<携帯電話料金について〜若い人間の文化喪失 >

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リクルートについて~日本初起業家訓練校の考察

私は社会に出て1年で転職をしました。
その就職先が「リクルート」でした。
この会社は現在起業家輩出企業としてすばらしい功績を残し、そして今も積み重ねています。
私が在籍した当時のリクルートは起業家梁山泊の様相を成していて、自分で会社を起業しようと夢見る人間にはとてもありがたい環境でした。
独自性に満ちた商品が社内に溢れ、その商品については自分で考え、組み立てて売ってくる。
誰も教えてくれない。全て自分で考える。
上司に言われることはノルマ達成のことだけであり、全社がノルマ達成ための知恵に溢れていました。
創業者の志がいたるところに掲示され、新しい社会を創る喜びがそこにはありました。
行動力ある先輩、同期、後輩皆すばらしい人ばかりでした。
「自ら機会を創り、機会によって自らを変えよ。」
この精神が本当に身に沁みて今日の自分がいます。
起業するノウハウの塊がごろごろとしている職場でした。
ただ、1つだけ受け入れられなかったことがあります。
社会正義性より「金」が重視される社風でした。
この問題がなければ、私はこの会社に骨を埋めれたと今でも思っています。
リクルートにはとても感謝しています。
そして起業するにあたり最も重要な「人の縁」をこの会社を基に沢山得ました。
エンジャパンの越智社長、Usenの宇野社長等を始め、お世話になった方々がこの会社の関係から広がりました。
起業とは人の縁を創ることと思います。
縁を維持し、関係を保つことはとても力が要ることです。
それが生きることであり、豊かな人生を導くものであります。

<学生時代を考える~自分の就職日記>←前ページ     続き→<携帯電話料金について~不透明で高い通話料 >

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「職」を持つことは、「誇り」を持つ第一歩。

「職」を持つことは、「誇り」を持つ第一歩。

世界は今も食べるための生存競争社会であり、
世界の多くの子供はその真っ只中にいる。
日本の現在の学校教育はそういった事実から目をそらし、競争を回避し、
皆仲良く生きることを教える。
なんのために勉強しているかを優しくオブラートされている。
学校で学ぶことは社会の競争に勝つことにある。
将来の社会競争に備えて学問を習得している。
そして、大人になったとき、自分の得意分野で「職」を持つ。
「職」を持つことは、「誇り」を持つ第一歩。
職が無き者は人の「誇り」がもてない。
そのことを知らせることが、教育の義務である。

自分のことは自分で情報を集め、分析し、自信を持って生きる。
自分の判断で生きていく、そういった感覚が「誇り」を創る。
「依存、依頼」の精神に「誇り」や人への「やさしさ」はもてない。


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