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2015年9月

秋分の日について

一等国には国体があります。

秋分の日について少し長い内容ですが、お付き合いください。

 秋分の日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」であり、昭和22年(1947年)までは秋季皇霊祭といいました。歴代天皇、皇族の霊が祭られている三殿の「皇霊殿」で行われるのが「皇霊祭」で、秋季の祭が一般のお彼岸の先祖供養にあたります。

 9月23日、一般のお彼岸の中日にあたる秋分の日に天皇陛下が皇居内の皇霊殿(こうれいでん)において神武天皇をはじめとする歴代の天皇・皇后・皇族方の御霊をお祀りする「秋季皇霊祭(しゅうきこうれいさい)」が執り行われます。今日、天皇陛下がお告げ文を読み上げ、皇后陛下、皇太子殿下、皇太子妃殿下が拝礼したことでしょう。実際100を超える歴代天皇について命日ごとに祭儀を行うのは大変ですので、春と秋の2回にまとめて皇霊祭として行われるようになったといいます。

 皇霊祭は江戸時代は仏式で行われていました。明治以降に神式になっています。この日はあわせて神殿祭というのも行われます。神殿祭は三殿の「神殿」で行われるもので、神殿に祭られている国内のさまざまな神の神恩に感謝する祭儀です。今日この日は御神楽「東遊」が学部によって奉ぜられます。これは第二十七代安閑天皇(531年-535年)の頃に駿河の有度浜(現在の静岡県三保松原)に舞い降りてきた天人の姿を象った(かたどった)舞とされています。

 天皇陛下はこのような祭祀を年に30以上行われ、国民の安寧と五穀豊穣を祈られます。既に陛下はご高齢にかかわらず大変な激務をこなされています。たとえば、11月23日の新嘗祭では硬い板の上に座布団も敷かずに2時間も正座しなければなりません。陛下は正座の練習をして臨まれているといいます。

 天皇陛下は公的統治の理念上の体現者であり、民を「大御宝」として、民の安寧のために祈られます。民は天皇陛下を信頼し、尊敬し、これにより天皇陛下の権威は支えられ、安定した社会を築くことができています。天皇陛下を中心に「支配なき自己統治」という優れた国体を持つこのような国を残してくれた祖先に感謝、天皇陛下に感謝です。

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従軍慰安婦問題

一等国 それは国民が自国に誇りを持つ国
そして働くことが報われる国です。

今回は、従軍慰安婦問題ですが、これは韓国の国内問題です。以下記載します。

「従軍慰安婦は入札制度であった」
 第2次世界選当時はまだ世界の軍は軍律維持のため、どの国も公娼制度を持っていました。当時の旧日本軍は、公娼制度を創るため、入札制度で、業者の選定をしていました。韓国が世界で発信しているような軍が直接女性を連れて行くような事実は無く、日本人や当時日本人であった韓国人の業者が女性を募集し、公娼としたのです。

「韓国人が韓国慰安婦を生み出した」
 当時韓国人女性を公娼に連れ出した韓国業者が居て、その手法がごく少数の間で強引さがあったことが問題で、韓国人が慰安婦を作り出したことを認識すべきです。

「当時の韓国事業者の安値受注が問題
 当時、日本国民であった韓国人業者には、当然のように軍の入札権があり、内地の日本人業者と比べ安い価格で入札に応じ、そして公娼権利を落札しました。多くの韓国出身女性が戦地に赴いたのは、韓国人事業者の安値受注が主因です。韓国従軍慰安婦問題は、韓国人が起こした問題です。

「村山談話」
 戦争当時も法治国家であった日本では韓国が主張する話、日本軍が無理やり女性を連れて行った行為は、ありません。自信を持ちましょう。談話の発表当時、まだ経済的に弱かった韓国に、村山首相が、優しい気持ちで女性保護のため発表したものです。

「韓国の歴史教科書から」
 残念ながら、この話しをいつまでも蒸し返すことは、日本人の気持ちを逆なでるだけであることを韓国は理解できないでしょう。韓国の歴史教科書はそういったことを一切触れておりません。それどころか皇族を狙ったテロリストを英雄にしたファンタジーな歴史を教育しているのです。それゆえ、今後日本政府は韓国に対する謝罪はなにも良いことを産まないことをもっと知るべきです。

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日本は、一等国

おはようございます。

 私は亜細亜(アジアと認識をあえて分けます)諸国で仕事上色々な人と話をします。先週のハノイ、その前のプノンペン、バンコク、マニラ、シンガポール等々で共通して感じたことがあります。多くの方々が日本を一等国と認めて頂いている事です。

「大東亜戦争の評価」
 これから時間をかけて少しづつ考えを述べます。まずは、第2次世界大戦の亜細亜地域での評価について。日本では太平洋戦争と呼ばれる大東亜戦争の評価です。日本人の多くは負の評価ばかり語りますが、亜細亜諸国は彼らにとっての独立解放行動であったプラスの面を教えてくれます。大東亜戦争とはそれまで西洋諸国の植民地とされていた亜細亜の国々にとっての独立解放の始まりでした。

「05年8月17日」
 たとえば、インドネシアの独立解放記念日は05年8月17日で、05年とは、日本では使われなくなった皇紀2605年(西暦1945年)です。オランダの植民地であったインドネシアに対して日本軍の降伏後、再度オランダは統治を試み戻ってきましたが、残留日本軍の指揮下、みごと独立をもぎ取りました。今もこの出来事は重要で残留日本軍の行いは今でもとても尊敬されて...います。

「亜細亜諸国で評価されるべき歴史」
 これは1例です。大切なことは日本は、亜細亜諸国で評価されるべき歴史を持った一等国であることを日本人が再び認識できるよう行動をしなければならない時期が来たことです。
これから少しづつですが、一等国について書いて見たいと思います。

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