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2014年5月

時間外労働価値

残業代支払 1,5倍論について

「労働者 権利と義務」

 時間外労働支払いについての話が増えています。時間外の割り増しを現在の1,25倍から1,5倍にすることの是非を18日の朝もNHKで論じていました。私が感じたことですが、この番組では、義務に対する話題が出ていないようでした。働いた時間分の賃金をもらう権利の議題が中心で、その時間に為し得た成果の評価を判断する人、つまり経営サイドの意見は出ていないように思われました。1,5倍にすることでの義務はなにか、論じられませんでした。片手落ちです。

「頭脳労働は時間の長さで仕事を評価できない」

 通常、ホワイトカラーのルーティン仕事でも、個々の業務遂行効率差があり、時間の長さだけで、仕事量が同一にはなりません。これが、営業の新規受注になると更なる個々の業務差が現れます。さらに大規模なプロジェクト等の受注では、労働時間の長さと仕事成果はあまり連動していません。頭脳労働は時間の長さで仕事を評価できない問題に触れていませんでした。

「労働者の義務」

工場のライン作業等、労働時間の長さが成果とつながるような仕事においては、長時間労働規制の考えにマッチします。超過労働対価を1,5倍として会社に払わせる権利を法律で労働者に与える論議もある程度理解できます。が、頭脳労働において超過労働対価を1,5倍とすれば、ゆっくりと仕事をすれば、成果は下がるが、手取りが増えることになります。会社はそのリスクに現行法では対処ができません。よって、期待に答える仕事成果が出ない人は、会社がいつでも「首を切られる」ことを受理する義務があると考えます。

「日本の現行労働法では人が雇用しにくくなる」

イタリアではさらに厳しい法があり、、会社が人をやめさせることが非常に困難です。このため、企業では実績のない新人を雇用しにくいのです。このため、若年労働者は、雇用しない傾向が顕著で、大学を出ても就職できない状態です。今年は景気回復期待があり、日本の大卒内定が95%近くに達したようですが、残業代支払 1,5倍論で、また環境が変わってきます。問題解決のためには、労働者の義務を明確にして、問題が大きくなないようにすべきです。

 

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儒教の教え

孝忠恕(こうちゅうじょ)について 

「中国では、知識人でも恕をあまり知らない」

 孔子は、中国だけではなく、儒教における精神社会の偉人です。孔子による儒教の教えは現代に至るまで広く深く東アジア社会に根を下ろし、人々の生活に大きな影響を与えています。この儒教の教えの基本のなかに、「孝忠恕」という考えがあります。「」は親を大切にすること。「」は、友人や仲間を大切にすること。「」は社会一般の人を慮り、社会を大切にすること。中国人は孝忠をよく守り、仲間を大切にし、身内には非常に手厚い考えを持っています。しかし、身内から外れた人は「外」となり、存在を無視しているかのようです。実際、中国の事業家や知識人でも、恕の意味をあまり知らないことに驚かされています。

「日本人と中国人の価値観差」

 孝忠を重視する中国人は、「外」を大切にする恕の存在を失ったようです。反対に日本人社会では、恕が重視されています。社会重視の日本人から見た「粗雑」は、中国人にとっては「おおらか」。「エゴイズム」は「身内最優先」。「ルールを守らない」は、「ルールを認めない」。「ゴミを撒く」は、「外のことに無関心」。となります。2国では儒教感が社会を動かしていてもこんなに価値観が違っています。

「恕を世に広げよう」

日本人の価値観で大きな場所を占める「」を、世に広げ、争いやさらに戦争の無い世界を創っていきたいと思います。また、中国の人とはぜひ、「恕」の存在感や価値観を聞き、この点で話し合うことをしてみたいです。

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官僚の無責任 F1事故処理

F1(福島第一原発)事故処理

「責任一切を取らない官僚」

 F1事故処理において、日本の官僚は当人達の責任を取っていません。F1事故処理の責任は東電責任とし、自分たちは表立って、地元住民と対応していないのが現状です。日本ではマスコミ操作もあり、東電がF1事故責任を取ることが当然との空気があります。が、2001年の911テロにおいてアメリカ政府はこのような措置を取っていません。

「911同時多発テロ」

 911同時多発テロ発生当時、航空会社はテロによる被害で訴訟責任を問われる立ち位置となる状況にありましたが、航空会社大手3社はできうる限りの資金を政府に供託し、住民対応や各種訴訟対応は政府責任で官僚が実施したのです。これは航空管制や安全の責任は、行政にあって民間企業が担うものではないという考えから出たことです。

「原子力推進行政責任」

 原子力発電推進の許認可全てを取り仕切っていた関係閣僚・官僚は大きな責任を問われず、かつ住民保証や対応を東電という1民間企業に委ね、行政は交渉の窓口前面には出ない、これが日本の官僚です。さらに官僚には住民避難保証に対する今後のロードマップは今もなく、今日現在も毎月1人あたり10万円以上の住民生活保証を東電にさせて、自ら前面に立って動いていません。今回の311事故では誰も責任をとっていないと思います。

「官僚は自分の生活保証の視点ばかり」

 日本の官僚の大部分は、自分自身の生活保証の視点から日々の行動していると感じています。まずは、自分の生活や安全保証、収入の確定を最優先しているのです。できるだけ自分の責任を負わない工夫をし、新しい仕事が来ないように知恵を使い、その後、最低限の業務をする。その結果が、F1事故処理でしょう。

「自分自身の動き」

 私は自分でできること、それはいつか日本のために動く機会が来たときに動くことができるよう、日々目の前にあることを行い、心の準備をすることです。

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