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2013年9月

中秋の月

昨日から、中秋節

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おはようございます。今朝も東京は、快晴です。
中秋が始まり、中華社会では、お祝い事が続いていますね。
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昨夜、満月も綺麗でした。
天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に出でし月かも
阿倍仲麻呂

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F1シンガポールGP

シンガポール市街地(ナイトレース)

 日本の旧盆である中秋の時期、9月20日から22日にかけてに市街地でナイトレースが行われます。先週訪問した際には、街の中心部に観客席もできつつあり、フェンスが構築されつつありました。こんなところで300kmもだせるか、不思議な感じですが、GPを本当に実施するそうです。

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中秋 旧盆

中華社会では、18日から中秋に入ります。日本でのお盆です。
今年は18日から、23日の秋分の日までです。
街では、お祝いの行事が続いていることでしょうね。
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酒で栄える

酒について

「神前酒」

 私は神の前で、酒を飲むと皆気分が「栄える」から「サケ」になったと言う説を推しています。日本において酒は古来より神の前で人が等しく楽しく過ごす道具であったため、日本には酒に関わる毒殺文化が育たなかったようです。酒により神の前で平等になれることはすばらしいことと感じます。

「般若湯(はんにゃとう)」

 般若湯は酒を禁じている寺院での酒を表す隠語です。般若とは「知恵」を指す言葉であるから、酒を飲むと知恵が増すらしい。その派生語の智水から「智水庵」は飲み屋と言う意味になったそうです。なお、中国で酒のことを「竹葉」と言っていたことから「ササ」に転じ、それが「サケ」になったようです。

「聖人、賢人、真人」

 古来、濁り酒を「聖人」、清酒を「賢人」、酒の神を「真人」と言っていました。この文章を書いている私の名は酒の神。親がきっと酔っていて考えたのだろう。自分の子供は酒の神に育つと考えたらしい。

「心の縛りを解く」

 今も昔も、酒は自分で作っている心の呪縛を解く道具です。ただし、「酒は飲むべし。飲まるるべからず。」。酒によって楽しき人生を送りたいものです。

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911同時多発テロ

911同時多発テロの発生から12年  
  
2001年9月6日ペンタゴンに行ってきました。当時の文章を記載します。

ペンタゴンでは、1773年の陸軍創設からの歴史が廊下に整然と並んでいました。米軍は米国の成立より3年歴史が長いことを相当の誇りとしていました。200年以上にわたる戦争の歴史の変遷に合わせたストリーマが整然と沢山飾ってありました。(ストリーマ;旗の先に付ける細い布)一つひとつは歴史であり、成果であると考えているそうです。
                    
 米国の軍は「誇り」の歴史であるようです。軍の創設から個々の軍人に与えた、勲章受賞者の全ての名前が並んでいるコーナーがあり、この場所で毎年英雄を表彰しています。殉職者を称えることを中心に個人の名誉(誇り)に相当の配慮があるのです。命を冒したり、失ったことで得る「誇り」には命を失う「リスク」が表裏一体で存在していることを肌で知る場所です。
                
 その後表敬訪問した参謀議長Richard Myers氏の部屋にも、そのストリーマの飾りがついた旗が沢山ありました。軍のアイデンティティがはっきりと示され、「誇り」を持って示されているのです。この誇りを見せられた米国市民は軍をどのように見ていることであろうか。
 その日、ペンタゴンからもっとも信頼すべきパートナーは日本の自衛隊と言われた。その世界第2位の実力を持つ「セルフディフェンスフォース」は軍の名誉を日本国内で与えられていない。隊員はいかに「誇り」を維持しているのか、もっと考える必要が有ると思います。  
 その数日後、アメリカの同時多発テロが、くしくも起こりました。「誇り」と「リスク」は隣り合わせであることを実際に突きつけられたのです。ほんの数日前、同一の場所ペンタゴンにいたのです。併せて生きていく「リスク」を強く感じました。米国は傷ついた「誇り」をどのように戻していくか。米国にキリストの「やさしさ」を期待します。
「やさしくないアメリカ」
 私は「やさしさ」の成り行きを12年、見守ってきました。が、どうしても「産軍複合体」の力が目立つように思います。そして今、シリア問題にに対してアメリカ世論が動かない場合、ペンタゴンがどういった方法をとるか、予想が付きません。

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東海豪雨

東海豪雨 

「2000年9月11日」

私は、この日名古屋に居たので、この豪雨の記憶が鮮烈に残っています。滝の袂のような水が空から急に降りだして、1時間以上に亘り豪雨が続きました。道路は川となり、交通は寸断されました。会社をただちに休業し、皆に帰宅してもらいましたが、既に公共交通はマヒし、帰宅困難者が沢山出てしまいました。

「記事抜粋」

11日夕方ごろから、名古屋市をはじめとする東海地方を中心とした広範囲にわたり大きな被害をもたらし、2日間の積算降水量は多いところで600ミリ前後に上った。

名古屋市では11日の日降水量が、平年の9月の月降水量の2倍となる428ミリとなり、2日間の合計降水量が567ミリに達した。愛知県東海市では11日の午後7時までの1時間に114mm、日降水量492mmを記録した。

名古屋市周辺で最も浸水被害が激しかったのは、天白区野並地区で、天白川とその支流の藤川の堤防に囲まれた堤内地が水面より遥かに低い地形だったため、行き場を失った雨水が集中し、ポンプ場から天白川に排水した水が、そのまま藤川の支流の郷下川(ごうしたがわ)を逆流して、再度野並地区に流入するという悪循環を繰り返し、やがて地区の住宅の1階は完全に水没し、住居内での溺死者も発生した。ポンプ場も浸水して機能停止したため、水が引くまでに相当の時間を要することとなった。

「2013年9月4日」

昨日も1時間で110mmの豪雨でしたが、東京に居て今日になるまで知らずに居ました。

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