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夜と霧(ドイツ強制収用所の体験記録)その2

人の心の深き淵

「人は流されていく」

 ナチスの時代、自らの意志で行動を決する人は10人に1人も居ない状況でした。その他多くの人間はその場の雰囲気に流されて生きていたのです。また、周囲が持つ雰囲気に対して、行動の人が自分の正義を訴えても受け入れられることは無かったでしょう。多数の人は、意見を持たず場の感覚で流されることが楽なのです。こうした人の本質を巧に操り、国全体の雰囲気を誘導できたナチスが人類史に残酷な事実を残したのです。

「人のグループには善人と悪人が混在」

 前述した「その1」にて記載したように「夜と霧」では、著者はこのことを強く訴えていました。10人に1人は、ナチズムに対して強い反感を持っていたので、親衛隊の人でも慈悲的行動が有ったと供述していました。ただし、私には仏教的思考が多分にあるから思想的にはキリスト的な思考と、私は感じました。なぜ、その人は収容所の人を表だって救わなかったのだろうか。と。

「1人の中に善悪が有る」

 仏教においては、全ての人の魂がほんの少しずつ混在し、1つの魂が出来ていると考えます。そして立ち会う場面において、人の中の善人が出たり、悪人が出たりします。全ての人は善人にも悪人にも成りえる素質を内包していると考えます。善き心と触れ合えば、良い心になり、悪しき心と触れ合えば、悪い人に成り易く成ります。それゆえ、収容所においては、悪しき心が場を押さえていたため、慈悲的行動が有った10人に1人の善人も表面的には助けることができなかったと見ます。

「他の人の心は解りにくい」

 収容所から無事帰って来た人に対して、多くの人は、受け入ることが出来ず、「私たちも苦しんだのです。」と返したそうです。多数の人は体験していない事実はなかなか想像出来ないのです。日々考えることをせず、流される心の結果でしょう。体験の無いことはなかなか納得しない、それが人間です。流されていく人の心は解りにくいのです。

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