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体罰と暴力

体罰の禁止について

「受け手の気持ち」

 子供の躾や指導において、体罰は必要な行為です。体罰を実施する人と、罰を受ける側に双方の信用・信頼があれば、大きな問題は起こりません。何事も行き過ぎが問題になるのです。自分自身、水泳部で、指導上よくビンタをくらっていました。弱い心を鍛えるには良い方法で有ったと今でも思っています。頭ではわからないことは体で教えることです。教育指導上、繰り返しますが、体罰は必要な行為です。

「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く対応」

 最近の報道では、生徒と先生の双方の信用・信頼の気持ちの基準はなく、ただただ、教育現場での手出しの全面禁止を言います。体罰と暴力の境界は主観的で曖昧ゆえ難しい問題では有りますが、全部を禁止にすることはおかしい。羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹くではなく、なますに懲りてあつものをなくすになっています。少数の指導間違いで全てを禁止してはなりません。

「規定のムチで尻を叩く」

 自分自身、中学時代の水泳部は相当なスパルタ教育で有名でした。ビンタ、竹刀、顔に放水。色々な思い出が有りますが、教師への信頼があり、問題には成らなかったです。今体罰を規定するならば、叩く道具を規定し、イギリスの教育で使うムチのようなもので尻を叩く。これを提案します。

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