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教えることは学ぶこと

人に教える難しさ

「九徳を学ぶ」

 九徳とは、次の9つの行動指針です。1、寛にして栗(りつ);寛大だが、しまりがある。2、柔にして立(りつ);柔和であるが仕事はきちんと処理できる。3、愿(げん)にして恭;まじめで堅いが、丁寧で人当たりが良い。4、乱にして敬;問題を治める力を持っていながら、慎み深い。5擾(じょう)にして毅;おとなしいが、本質は強い。6、直にして温;率直ながら温和。7、簡にして廉;おおまかであるが、しっかりとしている。8、剛にして塞(そく);力が強く勇ましいが、内側の守りが堅い。9、彊(きょう)にして義;強くて押しがあるが義を尊ぶ(弱いものいじめをしない)。

「矛盾」

 九徳は言葉では矛盾しています。たとえば、1つ目の寛大であって厳しく締める。当然同時に実施は出来ません。これが人への教え方の基本となると感じます。場面によって、緩やかさと、瞬間的強さが1つの動きになる必要性を説いているのでしょう。9つ目にある指針、強い者は弱い者に力(言葉を含む)で強要しない。重要な考えです。矛盾ではないと思います。

「教育者の条件」

 長年の仕事は、日々の慣れや習慣で処理できますが、人に教えることはその経験や慣れが教えの場で邪魔をします。いつも当たり前でやっていることは相手にとっては当たり前ではなく、かつイメージできないことばかりなのです。相反することをバランスして事を進めていることを、納得させることはとても困難なことなのです。自らその暗黙のバランスの生業を理解し言葉で説明できねば、相手を理解・納得させることが出来ません。教える前に自分が学びまとめることが必要であり、これが仕事や経験を深いものに出来る道と思います。

「こんな先生いませんか」

 九徳と反対の人間像は以下のようなイメージです。1、せこせこうるさいくせに、しまりがない。2、とげとげしいくせに、仕事が出来ない。3、不真面目なくせに、尊大で取り付くしまがない。4、問題が治めれないくせに、態度が大きい。5、粗暴なくせに気が弱い。6、率直なものを言えないくせに、内心は冷酷である。7、こまごまと干渉するくせに、全体がつかめていない。8、見た目が弱く、中身もない。9、弱いくせに、悪人である。

「教えることは学ぶこと」

 私がいつも心に置いている考えです。人に教えることがもっとも重要な「勉強の場」と思います。

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