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2012年8月

日本の道徳

日本を良くしたい。

「トイレの後、手を洗わない人」

 最近男性トイレで小用を足した後、手を洗わない輩が目に付きます。昔すごい友人と一緒にトイレに入りました。彼はトイレに入るなり石鹸で丁寧に手を洗い、その後に用足し、そしてそのままトイレから出て行ってしまいました。後でその理由を聞いたら「外でいろいろなものを触り手が汚れているだろう。汚い手で自分の大事なものを触れることは出来ない。」私は驚いて聞き返しました。「ではその後手を洗わないのはなぜか?相手に失礼だろう。」その人曰く、「毎朝シャワーしていてとても清潔だから大丈夫。」

「人に対するおもいやり」

 手を清める行為は他人に対する思いやりであり、古来からの文化・道徳であると思います。古来より人は便所(トイレ)は病の元があり、穢れ(ケガレ)の場所です。それゆえ生活の重要な場でありながら忌み嫌う場でした。そのため、用足し後、手を清め人に穢れを伝えないようにしたのでしょう。人々が気持ち良く生きる知恵であり習慣でした。そういった昔からの知恵を無視し、自分が綺麗であればそれで良いと言う人が増えていて、とても気持ちが悪いことです。

「おもいやりが減ると社会がすさむ」

 手を清める行為など、小さな思いやりが減ると、やがて社会が荒む(すさむ)ことは、ローマ史など歴史的にも、現在のニューヨークでも実証されています。過去の日本、江戸時代を中心にこの心の育成をした藩が沢山ありました。これが今の日本文化に大きく影響しています。例にすると会津藩の「什の掟」や薩摩藩の「郷中」があります。人としてのおもいやりが確立され、既に江戸時代日本は世界に先駆け、非常に暮らしやすい環境でありました。

「什の掟」

 什の掟を記載します。
一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
三、虚言をいふ事はなりませぬ
四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五、弱い者をいぢめてはなりませぬ
六、戸外で物を食べてはなりませぬ
少々割愛しますが、最後に、十、「ならぬことはなりませぬ」

「ならぬものはならぬ」

 まずは、手を洗わない人に教えたい。自分が綺麗とかは関係ない。論議不要。「ならぬものはならぬ」。そして、このことを子供に教えていく必要を強く感じています。「トイレの後に手を洗わない行為」だけではなく、「集団でいじめをする行為」「電車でモノを食べる行為」は理由を問うまでもなく人としてしてはならないことと教えていく、強い教育意志が必要です。会津藩の「什の掟」や薩摩藩の「郷中」は社会で生きるうえで大切なことを示しています。法や理屈ではない。「ならぬものはならぬ」と。

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残暑

日本らしくない暑さ

「ロスアンジェルスのような気候」

 ここ数日、日向は異常に暑いが、日陰は爽やか。東京、名古屋とも日本ではないような気候に思える。湿度が余り感じられない。今年はカリフォルニアのインディアンサマーのような気候となるか、少々期待しています。この先、気候はきっと台風次第でしょう。が、楽しみです。

Sunset

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日本の農業

日本の農業をもう一度考えてみたいと思います。

「日本の食糧問題」

 今、食料自給率の低下が言われています。課題としては輸入飼料による豚・牛・鶏の肥育。後継者不足による耕作放棄地の増加、平均年齢60代後半となった農業従業者の高齢化が上げられます。日本人の米離れ、日本食離れ、生活や買い物の変化と地元の農産物が手に入りにくい仕組みと相まって、自給率は半分以下です。更に冷蔵庫の大型化で実に購入された商品の半分近くが捨てられているレポートまであります。実際の調査でも食料9,000万トンのうち、900万トンは食卓上で食べられるものを捨てています。

「農業は今制度が崩壊した」

 都会から子供が戻らないので跡継ぎがいない。米だけに頼った競争力のない作物、そして買い手不在の生産品目。近隣で流通しない販売網による農業収入の不足。そんな環境で、米価を保護するため、国は米の減反措置をしていますが、約半分の生産を占める兼業農家は、農業所得は30万円にしか過ぎません。米が高くても収入を農業に頼っていないのが実態です。そのため、減反措置は意味をなしていません。崩壊した制度がまだ、温存されたままです。

「農業保護について」

 フランスでは農家所得の8割は補助金です。米国でも3割です。農業大国のフランスと米国の農業を支えているのはこの補助金なのです。たとえば、農業生産を行うと、ある程度は生活が保証されるようになれば、農業の担い手は増えていくでしょう。さらにドイツのように、環境保全のために補助金を農家に出すことで、限界集落の復元も可能と見ます。農地保全と観光の様々な観点から有効です。農家の所得保証をすることで、若手が就業する道が出来、食料自給率を向上されます。そして減反補助金をなくし、米以外の作物を生産し、直接の補助金で収入保証すれば、品質と価格で海外品に太刀打ちできる農作物がつくられるようになるでしょう。

「個人事業主から法人へ」

 今、若い人たちは農業に対して興味はあるものの、個人事業者として参加する度胸が不足していると見ています。農家以外の出身の若者が、農業をできるようにすべく、株式会社を中心とした農業法人を立ち上げるべきと思います。この法人に、マーケティングと生産効率を追う手法をもたせ、世界で競争できる会社をつくることを考えています。

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日本人の美徳

サッカー日韓戦の終了後のスタンドにて
 グラウンド内ではいろんなことが行われていた間、日本人サポーターは自分たちのエリア周辺のゴミを黙々と清掃していた。この姿に外国人記者が感銘してこの写真が撮られたらしい。負けたことの腹いせにイスを壊したりモノを投げたりの暴挙に出るやもしないのに、ただ冷静に清掃する日本人サポーターの姿こそ我々が誇るべき美徳ではないだろうか。
FBから流用しました。
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終戦の日

67年前に黙とう

「終戦の日」

 いつから終戦の日と言うようになったかを調べてみると、1963年になって、8月15日に全国戦没者追悼式が行われ、戦歿者を追悼し平和を祈念する日となったのが始まりでした。以後この日を「終戦の日」とすることになったようです。

「戦没者追悼の平和祈念日」

 平和祈念日は、平和祈念のため、日本政府が昭和57年4月13日に「戦没者を追悼し平和を祈念する日」を8月15日とすると決定しました。戦没者式典は、終戦記念日が死者を供養すべき日をお盆と重ねて、日本の風習に合わせたのです。

「対日戦勝記念日」

 ただ、国際的には9月2,3日です。アメリカのV-J Day は9月2日。トルーマン大統領は、ポツダム宣言に調印した9月2日を V-J Day としたのです。カナダも、V-J Dayは9月2日。フランスも同じです。旧ソ連ではV-J Dayは9月3日です。日本が降伏文書に調印した1945年9月2日の翌日に、対日戦勝記念祝賀会が行われたため、ロシアでは、そのままV-J Dayとしています。中国も、ロシアと同じ、9月3日を抗日戦争勝利の日としています。 

「日本敗戦の日」

 この日は戦争が終わった日ではなく、日本が自らギブアップをした日です。太平洋戦争終結日は世界では9月2日であり、国際法で本当に日本が戦争に負けた日です。「終戦」は日本で決めたことであり、負けたことをはっきりするため、9月2日を「敗戦の日」とし、己に勝つ努力の継続が今の日本に必要です。

 それでも終戦の日、日本人として、御霊に黙とうをします。

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国際社会で未熟な韓国

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「オリンピックのプラカード問題」

 韓国の発表では、、このプラカードは観客から渡されたとの幼稚な理由だ。が、オリンピック憲章の理念を汚す行為。銅メダルはく奪は当然として、次回のオリンピック参加の取り消しを求めたい。

「竹島上陸」

 国際法で領有権を争っている地域にその国の首長が訪問することは、国際慣例上、してはならないことである。これを韓国大統領は無視して上陸した。

 野球の国際選手権では、グランドに穴を掘り、韓国の国旗を立てたりもした。国際社会に恥じる行為を繰り返す韓国にとても遺憾だ。お金持ちになり、ビジネスは向上してきたが、道徳心がまだ育っていないと、痛感した。

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四苦八苦

四苦八苦について

「四苦とは、生、老、病、死」

 人が生きるうえで逃れられない苦しみを四苦と呼ぶ。生まれる苦しみ。老いる苦しみ。病を得る苦しみ。そして絶対に避けることが出来ない死の苦しみ。誰もが平等に生まれ持っている苦しみだ。

「さらに四苦」

 これに、さらに四苦が加わると八苦。それは、愛する者と別れなければならない苦しみ「愛別離苦」(あいべつりく)。怨み憎む人と出会わなければならない苦しさ、さらに一緒に生活しなければならない苦しみ「怨憎会苦」(おんぞうえく)。求めても得られない苦しみ、さらに希望が達せられない苦しみ「求不得苦」(ぐふとっく)。人間生存自身の苦、視覚・認識などの心理作用で起こる苦しみ「五陰盛苦」(ごおんじょうく)。以上を四苦に加えて「八苦」と呼ぶ。

「怨憎会苦」

 社会に出て最初に苦しむのは5番目の苦、「怨憎会苦」のはず。学生時代とは異なり、会社生活はそれまで過ごした環境と大きく変化し、価値観の変化を味わう。まず、会社では年齢・出身地・経験について幅広い人との出会いがあり、出会いはプラスとマイナス同時に降りかかる。マイナス面では特に一緒に居たくない人と出会い、そして同じ場所・時間を共有せざるを得ない苦しみがきっとある。多分、早々転職理由のトップはこの苦しみと思う。

「怨憎会苦の対処方法」

 人は集団で生きる動物で必ずどこかの集団に帰属する。会社も当然集団であり、この集団に耐え難い苦がある。組織が大きいほど「怨憎会苦」は回避できない。が、嫌だと思う自分だけが自分で変えることが出来る対象だ。人は変わらない。自分が変われば嫌な人もすばらしい人に見える体験を積むことだ。こうして一人前の社会人になっていく。そして自分さえ変えれば、今ある悩み苦しみは日々時間とともにたわいもないことに変わることを体で知る。これを経験的に年長者は知っている。

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長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典

67年目にして初

「米国ルース駐日大使初参加」

 今回、英仏駐日大使や、インド政府代表併せ、核保有国4国が初参加となる。なぜ、67年も経過せざるを得なかったのか。残念ながら、その理由を探る情報はない。

「首脳参加呼びかけ」

 現在核兵器保有国である、オバマ・アメリカ合衆国大統領、プーチン・ロシア大統領、キャメロン・イギリス首相、オランド・フランス大統領、胡錦濤・中国国家主席、シン・インド首相、ザルダリ・パキスタン大統領、さらに保有宣言をした金正恩・北朝鮮総書記、非公式な保有国ネタニヤフ・イスラエル首相、準備中といわれるアフマディネジャド・イラン大統領へ。長崎へ来てください。

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8月6日、広島平和式典

ブログ記載を忘れた自分自身、意識が薄れたことを反省

「アメリカの趨勢を日本人は知らない」 

 アメリカ人の大多数は、原爆投下致し方なし、悪いのは日本の方と受け止めている。

アメリカ人のテレビ等では、アメリカも残念なことだ、と言う主旨の報道はすれど、原爆使用まで踏み込ませたのは日本人と考えている。ここを修正することは相当な話し合いが必要である。

「核を持つ国の首脳は、8月6日広島に来ていない」

 正確に調査してはいないが、そのように記憶している。間違いであれば、幸いである。ただ言えることは核の使用制限になる行為はなかなかしないだろう。オバマ大統領に当初若干の期待があったが、実現は厳しいと考える。

「それでも日本は原爆被害を世界に知らせる必要がある」

 これは原爆被爆国、日本人の義務だ。アメリカ全体、核保有国全ての国民に日本人の心を語ってみたい。9日、今度は長崎に暑い日が巡ってくる。世界の評価が変わるまで、静かに義務を続けて行こうと思う。

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競泳400メドレー、日本が男女揃ってメダル獲得

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海外籍のスタッフ

企業の多国籍化に向けて

「今までに雇用した人たち」

 今日までに、中国、アメリカ、韓国、インドの人たちを雇用した。それぞれに特徴がある。個人の属性が大きいが、文化の属性も大きいと思う。

「中国人」

 個人主義の強い民族と感じる。本当は、日本、特に日本の文化は好きであるが、他人(特に中国人)は信じない。特に中国国家・政府を信じることが出来ないようだ。そのため、芯の部分で人を信じてくれない。ここは、もうあきらめている。

「アメリカ人」

 人の幅が広い。個性的。過去雇用した人たちは、総じて明るく行動的で、ポジティブ。ただしよくも悪くも大雑把な傾向にある人たちであった。

「韓国人」

 日本人に相当メンタルが近い。そして引き算文化で情で動く似たビジネス感覚。それゆえ、日本に勝ちたい気持ちが強いと感じる。情が強く、誇り高い人が多かった。これまでの相手は細かい仕事には向かない人が多かったが、得意分野はトップを維持する競争心がある。

「インド人」

 過去1名しか雇用していないので、コメントは個人に影響される。数学は優れていて、まじめで忍耐強い。そして聞いた範囲では日本に来ている人は総じて優秀。日本語もすばらしく使いこなす。日本人は見習うことが多い人たちだ。

今後、多国籍化する日本社会において、彼らを理解することはとても大切なことである。

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