« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »

2011年9月

国の盛衰

戦前のフィリピンは豊かだった。

「太平洋戦戦前のフィリピンの状況」

 戦前のフィリピンは日本より裕福な国であったようで、日本人労働者や唐ユキさんが多かったのは数字として残っている。写真は日本軍フィリピン占領時だされた時に発行された1ペソ札。1935年当時の資料を見ると、フィリピンで働くアメリカ人職員の給与が月額430ペソ、フィリピン人下級職員の給与が280ペソ。当時1ドル2ペソの換算レートだったことから、1000円/ペソ程度と換算予想される。280ペソは現在価値28万円程度。当時の給与を単純比較出来ないが、日本を大きく上回っていたようだ。現在のレートでは、1,78円/ペソ。70年で、円の価値は560倍に達している。そして過去の国の栄光は薄れている。

「過去の栄光」

 数字はさておき、いかなる豊かな国も、国民のやる気がなければ、世界の周辺国となってしまう。これだけは明らかな事実である。世界の中心であったギリシャだけではなく、世界帝国であったスペイン・ポルトガル。今やユーロ圏経済問題の課題となっている国家だ。これから70年経過したとき、日本はどんな国になっているであろうか。

日本軍が戦中に発行した「1ペソ札」

110929_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

自己肯定と自惚れ

自己肯定と自惚れについて

「自己肯定」

 自己肯定とは、自分で今の自分の存在を認めること。ただ、今の自分に甘んじると何歳になってもなにも変わらない人になる。そうならないように、人生目標を持ち、今の実績を見つめて将来に向け、さらなる上を目指すことが肝要だ。

「ポジティブな自己否定が大切」

 自己肯定で、今の自分に甘んじないため、未来の希望や目標に向け、今の実績だけで自己満足しないことが重要である。これが、ポジティブな自己否定である。

「陥り易い罠」

 ただし、否定をする際、ネガティブな自己否定をしてしまうと、未来に希望を持たない自己否定となる。こうなると、自分の心を守る「心のセーフティネット」が働きやすい。これが、自惚れに繋がる。

「自惚れ」

 自惚れとは、自分の過去の実績を自分だけで認めること。現在の自分に、無意識で満足しきれていない状態にはまりやすい。傾向としては、無意味なプライドを持ち、そのプライドが人には認められないと感じると、日とがわかりやすい過去の実績(学歴や資格)に閉じこもる。当人は自己肯定と勘違いしているが、人の目から自分を守る本能的な防衛行動が自惚れと言える。自惚れに成らないよう心を強くする必要がある。

「頼られる人になる」

 他の人に頼られる人になれば、自惚れになりにくい。若い人には、強く言いたい。頼られる人になる準備期間が今なのだ。今日、今から身につけることを決めて動くことを推奨する。そして40歳には自立(仕事・人格・家庭・社会)した精神を完成させ、自分の顔に責任を持つことを目指す。そのためには、目的を持つことだ。

「目的の探し方」

1、 自分の歴史を知る
2、 将来のイメージを持つ。死ぬまでに成したいことを何時も見つめる
3、 ポジティブな人たちと会い、話し、認め合う。
そして日々の問題の原因を追及し修正する。してしまった結果を追求しても修正は出来ない。前を向いて考えよう。

「自己肯定も持たない人たち」

 今、対応に困る人がいる。自己肯定を持たない人だ。私の今の課題である。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

司法修習生が就職できない事実 その2

弁護士社会の実態

「9月18日ブログの答え」

 9月18日ブログで記載した答えは以下の通りである。弁護士の大量製造は日本の意志ではなく、米国大使館からの対日要求書に沿ったものだった。日弁連は最初から大量導入の問題を危惧していたが、日本政府は、正論の米国の要求を呑まざるを得なかった。その結果が18日のブログに書いた事態を生んだのだ。もともと、日弁連が弁護士の自由競争を考えていれば、もっと採用枠を自主的に広げるはず。そうしないのは村社会にアメリカ式自由競争を入れたくないからだ。

「弁護士村は自由競争を受け入れない」

 日弁連は弁護士の卵の製造制限解除については、受け入れた。が、自分たちの生活を自由競争社会にできない村社会は、弁護士村は「あうんの呼吸」で受け入れ拒否を実施したのである。その被害者は、新人の司法試験合格者である。新人諸君には世の中の矛盾を知って強く生きて欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

台風一過の秋葉原

110922_2

さわやかな朝、きれいな秋空です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

富士山四景

9月18日の富士山

「飛行機から」

 海外から日本に戻る途中、久しぶりに富士山が右下に見えた。日本に戻って来たと感じた。

110924_4

「新幹線から」

 同日、東京から名古屋に移動する際、新幹線の右窓から富士山が見えた。小田原手前では日暮れ前、箱根近くと新富士駅近くでは日没後の富士山。どれもすばらしいものであった。富士山の1日の変化が垣間見れ、移動時間の長さが少し癒された。

110924_3

110924_5

110924_1

昨日の台風も去り、きっとすばらしい雄姿を見せていることだろう。まさしく富士は日本一の山であり、国の象徴だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

雇用創出の間違い

役人の勘違い

「業務の合理化は人が減り、雇用が減る?」

 地域活性化、街興し等の提案で地域の役人と話すと、ときどき、驚く発言を聞かされるものだ。今回は、観光の活性化業務での管理業務の合理化方法の話しで出た。集計業務をASPサービスで、自動集計する提案を薦めたところ、とある役人から、「そんなことをしたら、3カ月2名の臨時雇用の機会が無くなってしまう。」と反対された。

「意図的なサボタージュ?」 

 ほかで聞いた話であるが、同じ量の仕事をなるべく多くの人に分け与えようと、役所では、意図的にサボっているらしい。なるべく多くの人手をかけて仕事をすることが、雇用を守ることだと信じている。

「6人に1人」

 役人、または、その関係団体に所属する人が1100万人に達している。日本の労働人口は6500万人強なので、6人に1人が仕事の効率化をしていないのだ。こういった役人の勘違いで、日本は衰退してきている。海外を見るにつけ、もう限界を感じるが、役人は崩壊するまで、このまま意図的なサボタージュを続けるのである。ちなみに、国家破綻したギリシャは4人に1人が、役人、または、その関係団体に所属する人である。

役人の勘違いは世界共通の問題だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

司法修習生が就職できない事実

司法試験に合格しても就職先無しの厳しい現実

「知り合いの娘さんの話」

 高校時代はスポーツウーマン。東京の国立大学法学部を主席近くで卒業し、そして慶応法科大学院をストレート、司法試験も在学中に合格。TOEICは900点近くの才女である。

「就職先が無い」

 しかし、未だに弁護士事務所への就職先がないまま。これは弁護士を急造した反動で、新人弁護士の受け取り先が不足したことによる。新規の弁護士を雇う弁護士事務所が少ないのだ。今年は特にとてもひどい状況で、よほどの縁がない限り、弁護士事務所に入ることが出来ないらしい。

「才能が活かせない」

 記載のとおり、すごい個人資質や努力を考えれば、人財の喪失だ。ただし、一般企業では、今持っている資格はうまく活かせないだろう。きっと上司が扱いに手をこまねくはずだ。さらに本人のプライドや経歴からして、いまさら4大卒新人と机を並べることが厳しいだろう。司法研修制度のゆがみによる犠牲者と言える。しかし、これが現実だ。

「道は拓ける」

 ただし、いつかプライドを捨て、心機一転社会で活動すれば、きっとうまく行くと確信している。世の中には理不尽なことが多くあるが、志を持って、行動していけば、必ず道は開ける。

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

フェースブック、キャッチフレーズメーカー

フェースブックの新アプリ

「「東京で暴れまわる社長」拝命」

 フェースブックのアプリにて、どうやってつけたかカラクリは不明だが、「東京で暴れまわる社長」を命名された。フェースブックの友達から祝福の声が届いた。「ピッタリ過ぎる」らしい。

「個人を推論するソフト」

 自分でもそんなに外れているとは思わなかった。個人の分析、推定をするアプリに感心しきりである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

昨夜は中秋の名月

今年は中秋の名月と満月が同一

「東京で見る月」

 東京では、月が、心なし暗く、小さく見える。こういった日には海に映る月を眺めながら、酒を飲みたいものだ。そういえば、今年はまだ、ススキを見ていない。

 1年は早いものだ。

20110912

| | コメント (3) | トラックバック (0)
|

911テロ(同時多発テロ)を受けて その2

十字軍とキリストの愛

「十字軍」

 十字架に貼り付ける刑は、ローマ帝国の処刑方法である。そしてローマ帝国の権力の象徴でもあったようだ。この十字架でイエスが処刑されたことと、ローマ国教がキリスト教になったことで、十字架はキリスト教の象徴となった。その十字架の下、聖地エルサレムをイスラム世界から奪還すべく戦ったのが十字軍である。

「武力行使の正当化」

 ブッシュ前大統領は、対テロ戦において、十字軍になぞらえて武力行使の正当化をした。これはキリスト教の本質から大きく逸れていると思う。聖地エルサレムに当たる場所はなく、闘う相手は国家でもない。テロ組織を攻撃するほど、テロに関わりのない一般人を巻き込んでおり、憎しみの連鎖が増幅し、終わりを見ることはない。このテロ活動に対して十字軍を引用したアメリカの正当化は愚策だと強く感じる。

「宗教戦争」

 この10年、キリスト教対イスラム教の様相を呈したこの対テロ戦争は未来にまで尾を引くだろう。その昔、プロテスタントはカソリックと30年戦争を興し、ドイツ人の半分が死ぬ目に遭っている。それほどにまでならなければ、イデオロギーを持つ争いに終着点は見出しにくい。イデオロギーを巻き込んだ911テロはまだ始まって10年。これから長い戦いと成ろう。

「キリストの愛」

 キリストの愛は、「相手の悲しみを知ること」と、私は思う。キリストの「別れの言葉」は、「私は忘れない、あなたがいかに生き、いかに学び、いかに人を愛したか。あなたの悲しみを忘れない。」である。テロ戦に巻き込まれた一般市民の悲しみをもっと広めよう。名もなき人々の悲しみを、双方知ることが解決の道であろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

911テロ(同時多発テロ)を受けて

ペンタゴン訪問考察

10年前の米国に関する記述をここに記載する。
 私は2001年9月6,7日の2日に亘り、参謀議長リチャードマイヤーズ氏の招待を受け、ペンタゴンに訪問した。その考察を、三井物産OB会報誌に以下のように記載された。 

「ペンタゴンから」

 1773年の陸軍創設からの歴史が廊下に整然と並んでいた。軍は米国の成立より3年歴史が長いことを相当の誇りとしていた。200年以上にわたる戦争の歴史の変遷に合わせたストリーマが整然と沢山飾ってある。(ストリーマ;旗の先に付ける細い布)一つひとつは歴史であり、成果であると考えている。

 米国の軍は「誇り」の歴史であるようだ。さらに、軍の創設から個々の軍人に与えた、勲章受賞者の全ての名前が並んでいるコーナーがあり、この場所で毎年英雄を表彰する。殉職者を称えることを中心に個人の名誉(誇り)に相当の配慮がある。命を冒したり、失ったことで得る「誇り」には「リスク」が表裏一体で存在している。それらを案内した、制服担当の若者は最初から最後まで、こちらを見つめたまま、全く後ろを振り返ることもなく、後ろ向きで歩いている。自信に満ちた微笑を称えたまま、軍の歴史を語っていた。そして長い廊下(全部歩くと28キロにもわたるらしい)を後ろ向きに歩き切った。後ろを見ずとも前進できる。印象深かった。

 その後表敬訪問した参謀議長Richard Myers氏(空軍出身初の議長)の部屋にも、そのストリーマの飾りがついた旗が沢山あった。軍のアイデンティティがはっきりと示され、「誇り」を持って示されている。この誇りを見せられた米国市民は軍をどのように見ていることであろうか。

 お世辞であるかも知れないが、ペンタゴンの日本部長Jhon Hill氏からもっとも信頼すべきパートナーは日本の自衛隊と言われた。その世界第2位の実力を持つ「セルフディフェンスフォース」はこの名誉を日本国内では与えられていない。隊員はいかに「誇り」を維持しているのか、つかめない。 

 この文章を書いた翌日にアメリカの同時多発テロがくしくも起こった。「誇り」と「リスク」は隣り合わせであることを突きつけられた。一週前、ペンタゴンにいた。生きていく「リスク」を強く感じている。少々唐突であるが、キリストの父であり、嵐の神である「エホバ」は生きることに厳しい。その考えを信条にしている米国は傷ついた「誇り」をどのように戻していくか。 
 米国にキリストの「やさしさ」を期待し、私はこの成り行きを見守る。

                                  以上記載文 

 残念ながらキリストの「やさしさ」に期待していたシナリオには成らず、米国は妥協せず今日に至っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

日米講和条約締結60周年

日米講和条約締結60周年

60年前の1951年9月8日、日本が占領下より開放され、国際社会に戻れる条約が締結された。そして執行日の52年4月28日に国際社会に独立国に戻れた。私は本日から10年前、日米講和条約締結50周年を迎えたその日、サンフランシスコにいた。以下の私の記述は、今から10年前の三井物産OB会誌に記載されたものだ。

 2001年9月8日は日米講和条約締結50周年である。日本が戦後の独立国として、スタートした記念日である。今、偶然にもその場にいる。50年前に再度独立国として、誇りを持つことが出来た日本は今、その「誇り」を国民に感じさせる力が減っている。この原因は、なにであろうか?個々の日本人にあるのではないだろうか?自分の答えを求めた。自分自身が現在、アイデンティティを減らしていることが原因である。私は国という組織に自己の意識まで、委ねている甘えを感じる。人が生きていくストレスが日本ではオブラートに包まれ優しくなっている。

 社会は安全を必要以上に重視して無駄なコストを使っている。日本にいると、その引き換えに「誇り」は抑えられている気がする。米国は確かに生きていくストレスを感じる。リスクが日本より、かなり強い。その分、自分のことは自分で情報を集め、分析し、自信を持って生きている。自分の判断で生きていく、そういった感覚が「誇り」を創る。「依存、依頼」の精神に「誇り」や人への「やさしさ」は持ち得まい。

 自信を持って人まかせにせず、自分で判断する。自分で生きる意思を日本人個々が持つ。生きることにはいつも「リスク」があり、常に隣り合わせにいる。そして、それらを理解した上で、自分が所属する国である日本を一人ひとりが少しづつ良くして行く。 それが21世紀に向かう日本人が誇りを取り戻す条件と考える。まず、自分から始める。そんな結論を今、持っている。

 この文を記載して10年が経った。日本人はより「人まかせ」になってしまったようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

サンフランシスコ講和条約締結60周年

9月8日、サンフランシスコ・トリティ締結60年

2001年9月8日、私は偶然にもサンフランシスコの地に居た。現地記念式典を見て、そこで初めて日本が独立国に戻ったのは、50年しか経っていないことを知った。

追記すれば、1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約発効。これで正式に第2次世界大戦が終結したのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

パナソニックが危ない

企業の盛衰

「1位の商品がない」

 パナソニックと言えば、日本を代表する家電メーカー。しかし最近は全く冴えない。どの部門を見渡しても、業界トップの商品がない。その上、ここに来て国際競争が厳しいため、国内で有名であっても世界ではブランドが通用していない。

「営業力勝負」

 パナソニックの過去の栄光は、商品力ではなく、営業力と国内ブランド力にあったと思う。なんでも2番を取り、総合1位を目指す方式だ。が、このモデルは終わってしまった。環境企業イメージも長年1位であったが、今年は4位に転落。ここに営業力低下を感じる。なお、今年はサントリーがトップを取った。

「国際競争に負けた」

 国際競争では、営業力や国際ブランド力で、サムスンやLGに追い抜かれ、今では勝ち目がない。日本市場では優位性をまだ保っているが、国内市場は過当競争、その上日本では、市場縮小がそこまで来ている。縮小均衡がパナソニックを襲う。

「ソニーのマネは通じない」

 かつては、ソニーを真似て商品を出し、営業力で勝てば企業として安泰であったが、今では、ソニーを真似たアップルがパナソニックの前に立ちはだかる。この手も通じない。これから、パナソニックと言う1つの企業の衰退を見ていこうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

海外進出リスク

海外資産保全リスク増加

「本来進出は自国の軍隊がセット」

 海外進出をしている主要国は皆自国の軍隊を持ち、仮に他国で自国資産凍結を受けた場合、力づくで保護することを見せる。これが世界の常識だ。日本の自衛隊は「軍」を名乗っていない。これで諸外国にいかなる「力」を見せることが出来るか、難しい問題である。自国軍がない国家の企業は海外に出ることは全部撤収されるリスクが伴っている。

「尖閣諸島から」

 北方領土では、一般人がカヌーで歯舞方面に流されただけでも、国家間の身柄引き渡しを行われているのに、尖閣諸島では正式な領海侵犯で、船をぶつけた中国船船長を不問にした。本来は撃沈されても文句は言えない行為だ。今回の弱腰は、世界を驚かせた。海外資産保全リスクが確実に高まった。

「日本の国家は企業を守れるか」

 尖閣問題で、日本政府の企業保護能力には不安と不信がある。今回のトヨタ名指しのリコールもそのあたりに原因があるかもしれない。日本は、自国企業を守る意志を海外国家に示すためには、核保有と、自国軍、徴兵制実施が必要と見ている。さもなくば、自国の企業は守れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

トヨタ、ハイブリッド基幹部品を中国で生産合意

先日、中国で、トヨタ名指し批判

「ブレーキ不備の名指し批判」

 先日、中国において、なぜかトヨタだけがリコール問題で名指し批判された。そして今日の記事。話が出来すぎ。

「基幹部品を中国で生産合意」

 本日の日経新聞のトップ記事を見て、なんとなく、中国政府からゆすりを受けた結果と感じてしまう。いよいよ、日本の技術優位は消え行く。日本の国家が企業を守らない結果と思ってしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

VJディ 戦勝記念日

連合国の対日戦勝記念日

「対日戦勝記念日」
 カナダ、アメリカ、フランス等が9月2日を対日戦勝記念日としている。旧ソ連においては、日本との降伏文書に調印した1945年9月2日の翌日9月3日をロシアでは、V-J Dayとしている。そのため、8月16日以降進軍し占領した北方4島は変換不要と位置づけているのだ。現在もロシアは8月15日を停戦合意の日とは認めていない。つまり返還意志はない。
「極東裁判以降の日本」
 戦後、東京で始まった東京裁判はこの9月2日に手続きが開始された。国際法を無視した不平等裁判であるが、よってこの日を「敗戦の日」とし、日本の戦後近代史にもっと目を向けよう。今日9月2日から戦後日本が規定された。今日、もう1度この日を考え、いつも心に入れて行動したい。
「終戦の日」
 日本では、8月15日に戦争が終わった日と、戦後「終戦の日」を規定。これを国民に定着させたことは日本政府広報の成果。日本として、8月15日が戦争終結日とすることがとても重要だが、世界の多くは9月2日を対日戦勝記念日としている事実を知って欲しい。

たった66年前の歴史もこのように作られています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

怒り

妄想が怒りを創る

「人の心」

 人は皆、自分にとって都合の悪いことは覚えていて、役にたつことは、すっかり忘れてしまう。名言や感動した言葉は忘れてしまうが、人の悪口や嫌味はいつまでも覚えている。人の心はそういった構造だ。これは、自分の命を守るプログラムの副産物なのだそうだ。

「言葉は不完全」

 人の心を描写するにあたり、言葉は不完全な道具だ。同じ言葉や単語を使っていても背景や今置かれている状況で、受け取り方が変わってしまう。かつ、悪い方向に受け取りやすい。これは言葉が持つ負の側面だ。

「妄想」

 不完全な言葉で受けた言葉を悪く捕らえた場合、「人の心」はずーと覚えている。嫌な気こちを心で持ち続けると、嫌な妄想に取り付かれやすくなる。元はほんのちょっとの言葉が何時しか心に重く残り、怒りの元の妄想になって行く。

「怒りの原因」

 違う場合もあろうが、多くの怒りの元は、こういった妄想を創る「心と言葉」の欠陥が引き起こしている。怒ることは簡単だ。しかし、怒りの原因を掴めば、怒らないで済む。怒りの原因を今ここで立ち止まって考えることが大切だと思う。原因が嫌な妄想であれば、消そう。怒っている人生は苦しいものです。

日本に怒る韓国。ネットで怒りをぶちまける無記名の人たち。原因をよく考え、怒りを静めてみましょう。もっと世の中、明るくなります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2011年8月 | トップページ | 2011年10月 »