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大政翼賛会

日本の政治の終わりの始まり

「新政治団体」

 小沢一郎氏が大政翼賛会のような組織を作れば、民主党解党が進み、同じようなシナリオになろうか。ただ、今の日本には、当時後ろ盾とした陸軍にあたる組織がない。そんな中、今世界では、食糧難と若年層失業にフェースブック影響で、独裁国家が崩壊しつつあり、これが、今後国際情勢の緊迫化を推し進めかねない。戦前と外部環境は似た状況に成ってきたことを感じる。

「日本政界は人材不足」

 菅内閣辞任後、近衛文麿氏に当たる後任に当たる人物が小沢一郎氏以外、石原慎太郎氏ぐらいしか見当たらないうわさ。石原氏は中国とどう向き合うのであろうか。残念ながら私の主観では、その器に成りうる名門出身が政治家にいない。日本の政局は今見えない。

「大政翼賛会について」

1940(昭和15)年10月、近衛文麿(このえふみまろ)総理大臣を中心に、新体制運動推進のために創立された組織。総裁には総理大臣が当たり、道府県支部長は知事が兼任するなど官製的な色彩が濃く、翼賛選挙に活動したのをはじめ、産業報国会・大日本婦人会・隣組などを傘下に収めて国民生活のすべてにわたって統制した。

近衛の総理辞任後、ヨーロッパで第二次世界大戦が始まり、国際情勢の緊迫化にともなって日本も強力な指導体制を形成する必要があるとする新体制運動が盛り上がり、その盟主として名門の出であり人気も名声も高い近衛に対する期待の声が高まった。既成政党側でも近衛に対抗するよりもみずから新体制に率先して参加することで有利な立場を占めるべきだという意見が高まった。民政党総裁町田忠治と政友会正統派の鳩山一郎が秘かに協議して両党が合同する「反近衛新党」構想を画策したものの、民政党では永井柳太郎が解党論を唱え、政友会正統派の総裁久原房之助米内内閣倒閣に参加して近衛首相再登板を公言したために合同構想は失敗に終わり、民政党・政友会両派(正統派・革新派)ともに一気に解党へと向かうことになった。以後は軍の意向に沿う政治が残った。(以上引用)

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