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識字率とネット 感覚的情報社会の出現

識字できなくともネットが使える世界の行方

「読み書き」

 「読み」とは、文字の読解力を言い、文字を発音して理解する能力を言う。「書き」とは、文字の筆記力を言い、文字を言語に合わせて記す能力を言う。そして識字率は初等教育を終えた15歳以上の国民が、母国語における日常生活の読み書き出来る比率を指す。

「識字率の勘違い」

 識字率が低いからインターネットが出来ないと思っている人が居るが、実際に海外で接してみれば、それは勘違い。読み書きできなくとも、名前ぐらいは打ちこめる。かくしてフェースブックは使いこなせる。そこで動画が見れる。これを昨年夏にフィリピンで気が付いた。彼らは感覚的操作で海外労働している知り合いや兄弟たちと連絡を取っていた。

「社会が変わる」

 これまで、独裁的国家は言論管理で情報統制が出来た。識字できない人は管理がそれなりに容易だった。ネット情報もグーグルまでは文字文化のネットサイトである。しかし、フェースブックのように動画があり、感覚的操作で使えるネットが出来たゆえ、識字できなくともネットは使えるようになった。以前フィリピン社会を見て予言したブログのような社会が出来てきた。文字が読めなくても信用置ける人の動画の画像や音声から情報を拾える。

「感覚的情報社会の出現」

 文字が読めない分、一旦その情報を信じたら過激な考えになりやすい。文字文化による基礎ベースの思想がないゆえ、思考がまとめにくいはずだ。かくして感覚的情報社会が出来上がる。拷問の動画シーンが作為的に流れれば見た人は感情が高ぶる。こうなると政府による情報統制が利かなくなる。これがチュニジアであり、エジプトであろう。世界が変わる。

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コメント

視覚的要素で民衆を煽るプロパガンダは歴史上でも多々ありますね。言語環境が発達した日本でも、見苦しい揚げ足取りがあったりします。これは民衆が言語をうがった意味にとってしまったりして…言葉って難しいですね。

投稿: はる | 2011.02.08 09:43

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