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大阪万博

40年間で変わった社会環境

「夢の技術」

 大阪万博において、未来の技術は携帯電話、衛星通信、薄型テレビであったと子供心に記憶あり。ケータイは今のようなサイズではなく、卓上電話の受話器が寸法、幅1,5倍以上程度あり、かつとても重かった。当然、メールはなく、国内に電話が掛けることが出来るだけで、着信機能はなし。子供の私は電話する先も持っていなかった。また、ケータイ自体の呼び名も全く違っていた。残念ながら今は思い出せない。

「夢の技術は全て達成された」

 今では当たり前となった当時の最先端技術。皆普通に普及し、大きく生活が変わったと思う。なお、愛知万博ではこの夢の技術は「ロボット」。きっとあと30年で街はロボットだらけとなる予感がある。

「大きく変わった食生活」

 大阪万博当時、新たに紹介された食材はとても多かったと思う。自分では、「缶コーヒー」「フランスパン」「ハンバーガー」等であった。会場で、缶コーヒーを飲み、フランスパンやハンバーガーを食べた。缶コーヒーはおいしかった。また飲みたいと思った。が、フランスパンは堅いだけで全くおいしいと感じなかった。ハンバーガーについてはそれなりにおいしかったが、日本で売れる実感がなかった。それが今ではまるで若者の主食のようだ。

「海外旅行は夢」

 大阪万博は当時の日本人の6割以上が行った計算になる。自分は外国パビリオンに行って世界への旅を夢見たものだった。正確にどこの国か覚えていないが、ハイジのような服装で踊っていた外人さんたちを見た記憶が残っている。普段の生活で見ない白人が会場にはたくさん来ていた。海外を勝手に想像したものだ。

「夢と希望」

きっと皆希望にあふれていた万博であったと思う。日本はとても明るい時代であった。あれから40年。物質的には満たされた。反して心が満たされていない社会環境になったように思う。これから40年で心豊かな社会を目指そう。

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