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2009年7月

1940年7月28日リトアニア大使杉原千畝氏を思う

杉原千畝氏のユダヤ民族救世 (朝礼スピーチネタ)渡辺真人

「リトアニアのカウナス領事館」

 1940年、リトアニアのカウナス領事館はナチスに追われたユダヤの方々は命がけで領事館に訴えていました。当時はどこの国もドイツに遠慮してユダヤ問題を見て見ぬふりでした。そうしたなか、カウナス領事館の杉原千畝氏はこれらのユダヤの人々に日本通過ビザを発行してよいか、日本外務省に電信をし続けていたのです。が、当時の日本は日独伊の3国同盟を重視し、返信は一切ありませんでした。日々、彼は自身の良心にさい悩まされ、ビザ発給について相当苦しんだことを、奥様が記念出版誌に記述していました。

「1940年7月28日」

 この日杉原氏は一人でビザ発給開始の判断をしました。そして命令違反で8月下旬に日本に召還されるまで、3000通近くの日本通過家族ビザをひたすら書き続けたのです。列車が動くまでひたすら書き続けました。この行動で6000名以上の尊い命が救われました。

「ユダヤ民族救世」

 杉原千畝氏は日本が世界に誇れる人物の1人と思います。イスラエル政府は1969年その他4名の功労者と杉原千畝元外交官を並べた記念切手を発行しました。このことは日本では知られていません。さらに85年にはイスラエルでヤド・バシェム賞「諸国民の中の正義の人賞」受賞し、その翌年86年に亡くなりました。

「ホロコーストミュージアム」

 その後、米国ワシントンDCのスミソニアン博物館群の一角に「ホロコーストミュージアム記念館」が建てられました。その地下一階ほぼ全体に杉原氏の功績をたたえる記念スペースが創設されています。とても立派な建物で、展示資料もすばらしく、かつ内容も深く、2001年に初訪問した際には心から感銘を受けました。日本では岐阜県八百津に記念館があります。

 現在も世界で高い評価を受けている人物が、69年前の28日、その事業を始めたのです。

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宗教と科学

ダーウィン以降の科学の時代について (朝礼スピーチネタ) 渡辺真人

「進化論」

 「進化論」の考えが出るまでは、宗教と科学は表裏一体であったと考えています。特に一神教の世界では「人」は無比の存在で、神による世界の創造時から人でありました。これが科学の常識でした。これをダーウィンが「進化論」で人は猿から進化したものであると発表したのです。つまり、一神教宗教を根本から否定する考えを世に打ち出したのです。

「宗教と科学の決別」

 その後、進化論以降の科学の発展があり、特に、遺伝子学が宗教観をさらに壊しました。遺伝子学が進むにつれ、精子が種で、女性は畑であると言った伝統的な宗教思想も否定されたのです。この結果、男性優位であった宗教観が壊れ、男女平等論が世界の趨勢を占めてきています。さらに遺伝子学上では明らかに女性優位なことまで解明してきました。男性優位であるキリスト保守系やイスラム教の教典を根本否定したのです。なお、今でも彼らは進化論を否定し続けています。今宗教と科学は決別しています。

「科学唯一教」

 ただ、気がかりなことはこの科学の絶対信奉が、既存宗教との亀裂を強め、合理社会と宗教社会の衝突を生む懸念が出てきたと感じます。遠い将来、現代を振り返ったとき、新宗教の「科学唯一教」が出た世紀となるのかもしれません。

「科学とお金の融合の悲劇」

 アメリカで創造された新科学「金融工学」が昨年、人の制御を超えて暴走し、世界の金融経済を破壊しました。この原因は私の主観でありますが、科学とお金の融合が生んだ悲劇と見ています。人の心までを数値化しようとした新概念も、人の心の制御なしでは今後も悲劇を生み続けると思います。そのため、科学の分野における創造では、人の心の制御が重要になるでしょう。心の制御を行う1つの手法として、科学と決別している宗教の存在があります。

「宗教と科学の再融合」

 かの一休禅師(有名な一休さん)が言った言葉を借りて宗教の説明をします。「宗教とは、障子の桟の溝のごとし。」障子を開くためにある桟の溝、この手を入れる溝が宗教の存在である。宗教とは人の心を開ける手がかりである。それ以上のものではない。と言いました。人が同じ志を持つため、宗教を心の在り方の説明道具としてうまく利用し、科学の志をうまく誘導することが重要でしょう。ここに宗教と科学の再融合がこれから重要になると思います。

 

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都議選の結果による政権交代は末期症状

日本の末期?  (朝礼スピーチネタ) 渡辺真人

「ローマ帝国の末期から

 長期に亘り続いたローマ帝国の末期政権の状況と今の日本政権の環境が似ていると感じます。ローマ帝国末期、元老院(今の日本の衆参議会と同じ機構)が、時の皇帝(安部、福田、麻生首相たちの立場)に対して猜疑心の塊となったようで、数年単位で皇帝を暗殺し続けました。暗殺した理由は皇帝は終身権利で交代が出来ないことだったのですが、ともかく結果として、交代をし続けたのです。そして西暦476年皇帝に立候補する人がいなくなり、ローマ帝国は史上から消えました。革命があった訳でも征服された訳でもなく、帝国が消えたのです。

「名前だけのローマ帝国」

 ローマ帝国は崩壊前、帝国を西ローマ帝国と東ローマ帝国に2分していました。そして歴史的にはコンスタンチノーブルを首都とする東ローマ帝国は残った。のですが、ローマを中心とし、イタリアにあった西ローマ帝国が消えたため事実上ローマ帝国は終わったのです。トップの皇帝が消えたため、たくさんの地域政権がイタリアで乱立しました。なお、元老院は、その後100年近く存在はしたのですが機能が失われ、国民は地域政権や侵入者に蹂躙されました。また、東ローマ帝国はその後、イスラム勢力に侵食を受け続け、1000年間、地方小勢力として存在していました。そして1453年コンスタンチノーブルは陥落し、トルコ帝国の首都イスタンブールと呼び名が変わりました。ここに名実ともにローマ帝国は消えたのです。。名は長く残っていたのですが、名前だけゆえ、国民は、搾取、皆殺し等の大変不幸な歴史を背負ったのです。

「今の自民党政権」

 正式軍隊ではない自衛隊、自主権の低い外交権しか持たない日本政権は、もともと世界に向けて対外政策は不安定です。さらに小泉首相以降の自民政権は、内側も弱くなり長期の政権維持が出来ない内輪もめ状態が続いています。昨日の東京都議選で自民党が大敗した結果、国政選挙は内側だけの論議・対応しか出来なくなりました。ローマで起こった歴史は今の日本で繰り返しそうです。

「憲法改定権の修正と首長公選制導入」

 末期症状の日本政権にとっては、民主党に政権交代しても大した差はないでしょう。私は今、憲法改定権(2/3以上の国民同意)の修正しか、末期状態から抜けることが出来ないとここに宣言します。9条の改定など末節問題は今急ぎ論議しなくて良い。まず、憲法を国民の過半数で変えることが出来る仕組みにし、首長公選制導入で大統領制度等を日本に入れることです。今やらなければ、日本国民は皆大変不幸な歴史に組み込まれます。

「参考資料」

 日本国憲法第96条第1項は、憲法の改正のためには「各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」旨を規定しています。情勢変化に対応できない憲法では国は滅びます。まず、この規定を変えることしか、先はないでしょう。

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陰陽五行

陰陽五行に沿った仕事観 (朝礼スピーチネタ)渡辺真人

「陰」

 陰とは、内なる力を現す言葉。精神や知恵が持つ内なる力を指し、その力は無限となる可能性を持っています。仕事においては技術やサービスに当るもので、「変化・発展」し続けるものです。ご存知のように技術は絶えず変化発展を続けるものであり、技術向上はイノベーションそのものです。そして技術を自分で理解し納得をするためには、絶え間ない継続努力が必要ゆえ無限の可能性を持っているものです。

「陽」

 陽とは、外に向かう力を現す言葉。体が持つ外向きの力。外への力はコントロールしないと他人の力とぶつかりもめ事を起こします。ゆえに、力が出せる領域は不変または廻るのです。仕事においては経営や営業に当り、昔から「不変・循環」しています。たとえば、会社を構成する人は変わらない。景気は変わっても元に戻ってきます。流行はさらに顕著です。ドラッガー氏の言葉でマーケティングに相当します。陰陽はいつも表裏一体で、うまく使うことで人や会社を大きくしていきます。

「五行」

適時:いつ         天
適所:どこ         地
適材:誰・何(商品等)  人
適量:いくつ
適価:いくら
 以上が分析・マーケティングの基礎基準情報となります。孔子の後、孫子の兵法で重視され、2500年経った現在に通用する情報収集や対処の基本概念です。

「一源」

 さらにいかなる事にも最終目標が必要です。これを昔は「一源」と言っていました。一源陰陽五行をまとめることで、一貫性を持って仕事をすることを古典の時代から推奨して来たのです。

「蔵人社の一源陰陽五行」

 蔵人の「一源」;活きの良い購買歴と個人属性をベースにしたマーケティングや消費動向予想を狙う。各クライアント売上向上目標を支援すべく、陰陽五行を活用します。「陰」;いかなる情報端末からも情報を取り上げるインフラ技術。「陽」;ポイントを入口とし、顧客購買情報の有効活用を向上させるクーポンDMの活用。さらに使い捨てギフトカードを使った新マーケティングの提案。「五行」;統計資料のように古い情報ではなく、最長でも1日前の購買情報を使った活きの良いマーケティング。

 以上を念頭に、蔵人社はクレジット決済専用網を利用した安全安定し且つ低廉なインフラ提供と、活きたマーケティングを提供することで、新しい個人情報活用市場を創造し、社会の役に立っていきます。

 

 

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私の趣味 (朝礼スピーチネタ)渡辺真人

「蝶の収集」

 小学校から中学まで、蝶の収集・研究を趣味としていました。当時日本には273種の蝶の種類が確認されていました。現在は250種ほどになったようです。自宅には多数の標本があって、いまでも年数回はメンテナンスをしています。日本の国蝶「オオムラサキ」30匹、天然記念物となった「ギフチョウ」20匹、「ウスバシロチョウ」10匹その他多数無傷の標本を持っています。その他「キリシマミドリシジミ」の貴重な標本もあります。

「大雑把な分類と特徴」

 蝶は主に日中に活動をし、夜行性の蛾とは一般的には区別されて、世界で愛されている昆虫と思います。学術的には蛾と蝶は大差はないのですが、一般には蝶と蛾の区別は触角の形状で区別をしています。触角の先端が膨らんでいるものを蝶としています。よってセセリ蝶科は、傍目は蛾に見えますが、触角が蝶の特徴を持っているので、蝶に分類されています。蝶は過去多くの人を魅了したようです。キリスト世界では神の使いでもありました。

「小学校時代のあだ名;蝶きち」

 小学校時代、暇を見つけては、採集網(絹製のネット、蝶の羽を静電気で痛めない目的)と5mもある柄(高所の蝶を狙う道具)でいつも山に踏み入っていました。夏休みは毎日標本を作り、1000匹以上は標本にしたと記憶しています。夏休みの宿題は毎回蝶の標本とその採集履歴による蝶の特性分析でした。夏型と春型の違いの考察や食性の分離等々。当時は日本中の蝶の名前や特性を暗証していたのです。それで、理科の先生が「蝶気違い」と言ったことから「蝶きち」になりました。

「現在も保存」

 ただ、中学校で水泳部に没頭し、夏に時間が取れなくなり、いつしか蝶を追っかけることが無くなりました。もう今では趣味とは言えないですが、過去の思い出として今も標本は丁寧に保存してあります。

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