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無知の知

 常識を疑う(朝礼スピーチネタ)渡辺真人

「無知の知」

 自分がいろいろなことをほとんど知らない。ただ、知らないことだけは知っている。これを無知の知と言うようです。私自身、自分が知っていることは、世の中のほんの1部です。

「積分の由来」

 例として、積分の由来を記載します。これを発明した人は本来、惑星や太陽の軌道を計算しようとして、試行錯誤した末に出来た数学の1部です。つい最近、積分が出来てから微分が出来たことを知りました。出来上がった積分を説明するために微分が構築されたそうです。考案者が人に理解させるため、説明手順を反対にし、微分を先に知らしめて、開発が前の積分を後から教える手順で出来ている1例です。私は高校時代、微積が好きしたが、微積の手法を知っただけで、本来の目的は知らずに今日まで居たのです。

「歴史書」

 歴史は、少し考えればわかると思いますが、古い順に順序よく構築されたものではなく、年代が自分自身に近い順に構築し、説明がなされています。歴史学は今説明がなされている史実は、その史実より以前にあった出来事が史実にどう影響したかを考察することに重点があります。そのため、昔の政権が書いた「日本書紀」は現在から紐解いていくと、どうしてもつじつまが合いません。どこかに間違いや恣意(しい;目的を持った改ざん)があります。

「小さな歴史改ざん」

 今自分が常識と思って知っている常識の由来を調べると、恣意的な理由を付けられているものが多く見受けられます。厳しく捉えるならば、小さな歴史改ざんと言えるでしょう。身近な例では、自分たちが子供時代、学校で、お米は消化が悪く、胃の負担が重いので、パンを食べましょう、と。今の子供が聞いたらきっとビックリします。過去、こんなことを常識にされていたのです。これは日本人に小麦粉を食べる習慣を付けさせる目的があったと考えます。また、運動中は水を飲んではいけない。と教育されました。過去の文部省の責任を問いたいものです。

「常識を疑う」

 今身の回りにて常識とされていることは、誰かに教えられた知識です。その知識の出所をはっきりと認識せず、闇雲に信ずるとやがてはその常識を作った目的に誘導されていきます。たとえば、今ある常識、たとえば、「やせることは良い」を疑ってみることをお勧めします。業界や行政の恣意が感じられます。

やせるメリットばかりではなく、やせるデメリットをマスコミにはもっとはっきりと示して欲しいものです。行き過ぎ例かも知れません。が、中世ヨーロッパの常識では太っていることが美であったのです。

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