« ビーシープロダクツ株式会社の事業観 | トップページ | 派遣労働者契約解除問題について »

正義の危うさ、憎悪による独善は最大の悪

元厚生労働省次官宅襲撃事件から (朝礼スピーチ例)渡辺真人
                                                   
「社会が悪いのは官僚のせい」 
 これは元次官宅襲撃の小泉容疑者の言葉です。数十年前に犬を処分されたことを言い分に元事務次官を殺した「自分にとってだけ正義感の強い人」です。人を殺していながら、小泉容疑者の堂々とした顔写真を見て、「正義が必ず勝つ」社会正義信念が逆転し、自分だけの善、つまり独善と強く感じました。2000年以上昔に記された旧約聖書では、自分の尺度だけで正義を決めることは社会にとって恐ろしいことになると予言していました。旧約聖書のヨブ記(聖書の1部)を少し引用し、小泉容疑者の誤ちを考えます。

「旧約聖書のヨブ記」
 どんな宗教の律法でも長く判りにくい面があるので、覚えやすく判り易い短い戒めにしたことわざ、「箴言(しんげん;訓言のようなもの)」が出来ています。浄土真宗であれば「南無阿弥陀仏」だけ唱えれば良いと言う例があります。この「箴言」で示される宗教の教えの正義だけを守って生きていれば、必ず社会的人間的に正しく祝福を受ける人になれる言葉です。正しい生活習慣を導くものです。しかし、「箴言」はことの本質を見失いやすい欠点があります。ヨブ記はこの欠点過ちを人々に知らしめる物語です。なお、ヨブ記は後のゲーテが書いたファウストに繋がっていると言われています。

「ヨブ記が示した正義」
 ヨブ記の主人公ヨブは、清く正しい敬虔な神の僕でした。日々律法の「箴言」に沿った真面目な生活を送り、財産を蓄え、沢山の子供に恵まれた生活をしていました。このヨブに対して、神とサタンのやりとりの中、このヨブは本物か試すことを、サタンが神に進言したのです。ある日突然、律法に忠実に暮らすヨブに対して試練を与え、心に憎悪を持つか試すものです。サタンの告発は、ヨブが正義をいつも口にしながら、その動機が憎悪であるかを見るものでした。物語では真面目に暮らすヨブに対して神は、ヨブの全ての子供を病で殺し、破産させ、ヨブに重い皮膚病とさせたのです。そしてヨブが、神を恨むか試したのです。

「聖書に一貫してある思想」
 神を信ずるヨブは最後に神に論争を挑みます。最後に出た神の言葉は「お前は私の被造物(造られたもの)ではないか。」
これはヨブが正しいと思っていた「箴言」を守ってさえいれば、「正義が必ず勝つ」のではない。自分で決めた正義(自分の解釈で箴言を守ること)は悪なのであるとする厳しい結論です。絶対は神しか持ちえず、かつ神は利益や応報を保証しない。神だけが絶対意志を持っていると知らしめたのです。この話でよって導かれることは、善は人が決めるものではなく、決めることも出来ないことです。こういった考えは聖書に一貫してある思想です。人間にとって、正義を振りかざすものが悪であり、憎悪」が動機で正義を振りかざす者が最悪であると定義している物語です。聖書において、人がしてはいけない重要な禁止事項です。

「最近の日本は正義が多い。」
「官僚が悪い」という正義が世間でまかり通っています。自分の身の回りの悪いことは全て他人の所為とする人は自分で努力をしていません。が、正義を勝手に創って振りかざしています。私の知る範囲では、官僚の方々の大部分は優秀で社会のために身を削っています。それなのに、世間が正義を振りかざす。そうなると、官僚の方たちも自分の正義を持ち出すしかなくなっているようです。今日本では正義と正義の衝突が沢山起こっているのです。その上、憎悪による正義が広がっています。そのため人を平気で殺す「正義感の強い人」までが出現したのです。憎悪動機の正義が起こした悲しすぎる事件です。

「憎悪動機の正義を哀れむ」
 犬を殺された憎悪が独善の正義を生みました。憎悪の主、小泉容疑者を心から哀れみます。こういった憎悪を動機とする正義は、世の中を悪くしていきます。憎悪動機の正義は持ってはいけない。正義についてもキリスト教では「人間の正義は汚れた下着」と言っています。汚れた下着は着たくないが、最小限ないと困るものです。それが正義です。聖書の時代から2000年以上経ったに関わらず、人の心は成長していない。だからこそ、これから皆、一人ひとりが憎悪や私利私欲を抑えて、正義を振りかざさず生活することを自分達から始めるしかない。自分だけの正義を最小限にすれば、きっと世の中は良くなっていきます。


←是非ワンクリックお願いします!

|
|

« ビーシープロダクツ株式会社の事業観 | トップページ | 派遣労働者契約解除問題について »

経済・政治・国際(時事)」カテゴリの記事

コメント

良いことは良い悪いことは悪い
ケースバイケースとか言って煙に撒いてる奴等は汚れた正義
薄汚くて吐き気すら覚えるわ

投稿: あ | 2012.07.11 00:29

知人の識者から、別途コメントを頂きました。
以下コメントです。;私は先ず、人を殺すことは罪である。何故なら
それは神を冒涜することに繋がるからと教えられて
来ました。人は神に生かされ生きているのですから
神が生かしている人を、人が殺すことがもっとも
いけないことであるとの教えです。
私も「ヨブ記」を読みました。ヨブはサタンによって
どこまで神を信じているかを試されたのです。
途中で自分を失いそうになりましたが、最後は神の
教えを貫きサタンに騙されたことから開放されました。
神を信じるものは救われるの一つの教えだと理解しています。

投稿: | 2008.12.17 08:27

そう、日本人の考えにはこの感性がない。これがキリスト教圏の難解に見える部分です。これが判れば西洋文化が本当にわかる。

投稿: 渡邊真人 | 2008.12.01 21:48

自分の正しいと思うことが、憎悪によるものかどうか。憎悪による正義を振りかざす人は、それが分からなくなっているのでしょうか。

人は、それが良いことか悪いことかを考えて行動を起こす判断にする場合がほとんどです。理性とでもいうのでしょうか。例え、世の中で善人と呼ばれている人でもその理性は意味を持たない。

まるでパラドックスの罠にかかったような教えは、我々にはなかなか理解し難い思想です。

投稿: suzu | 2008.12.01 20:17

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/170494/43255890

この記事へのトラックバック一覧です: 正義の危うさ、憎悪による独善は最大の悪:

« ビーシープロダクツ株式会社の事業観 | トップページ | 派遣労働者契約解除問題について »