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小室 哲哉氏を考える

人にとって大切なもの (朝礼スピーチ例)渡辺真人

「私でも知っている作詞作曲家」
小室哲哉氏が詐欺容疑で逮捕されたことがNHKの朝ニュースで出ていて、少しネットで調べて見ました。1958年11月27日生まれで、小学校のころから作曲能力が優れていたようです。早稲田大学在学中に授業料を楽器につぎ込み、滞納で除籍処分を受けています。1986年渡辺美里へ提供した「My Revolution」で日本レコード大賞作曲賞を受賞。TM NETWORKは、1987年発表した「Get Wild」で人気バンドとなり、1988年NHK紅白歌合戦に出場しました。1994年前後から、観月ありさ、篠原涼子、内田有紀、華原朋美、安室奈美恵、鈴木あみなど、作詞、作曲、編曲と音楽プロデュースを兼任して行い、1994年から1999年の間、数々のミリオンセラーやヒット曲を打ち立てました。

「小室ファミリー」

「小室ファミリー」といった名称で小室ブームなる社会現象を起こし、1995年から4年連続でプロデュースした曲が日本レコード大賞を受賞しています。1996年4月15日オリコンシングルチャートにおいてプロデュース曲がトップ5を独占しました。1996年アルバム「globe」が当時のオリコン記録を更新する売り上げ400万枚以上を記録。安室奈美恵のアルバムも300万枚を超え、この年プロデュース曲の総売上枚数は1500万枚以上を記録し、1996年から2年連続で高額納税者番付において全国4位を記録、1997年の納税額は11億7000万円でした。1996年海外進出を狙い100万ドルを出資して香港に合弁会社TK NEWSを設立しました。(以上ネット情報)

「曲がり角」
この香港の合弁会社が倒産し70億円を失ったころから、曲を作れなくなり、資金が圧迫したに関わらず、生活を改めることが出来ないで、今日を迎えたようです。日々「芸術家はわがままで良い。」と言った発言をしていたそうです。心の徳が養われていないため、結局優れた才能を棒に振ったのです。彼の人生において、お金の権利を持ったことが曲がり角であったと思います。お金の使用権に使い慣れない人が権利を持つと、こういった悲しい結果を生む象徴としてこれから話題例に入れたいと思います。

「下愚(かぐ)の人?小室哲哉氏」
「下愚」とは、謙虚に学ぶことが出来ず、才を持っていて、傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に振る舞い、非礼・非常識なことをして自己の存在を世に知らせようとするタイプのことを言います。学ぶことを放棄した人間は、「有教無類」の観点から見れば最低評価なのです。ちなみに「有教無類」は、「人は教育によって善とも悪ともなれるものであり、人間の種類に善悪があるわけではない。」と言う孔子の考えであり、その中、「下愚」を人の最下位に位置させていました。小室哲哉氏に実際にお会いしたことはありませんが、破産経過を調べる限り、「下愚」の人ではないでしょうか。

「知育・体育・徳育」
知育とは、知識を教え、習得させること。体育とは体を鍛え、健やかなる生活を習得させること。徳育とは、人の道を知らせ、道徳習得させることです。今の日本の学校教育ではこの徳育が欠如しています。今回のような事件は、最近の社会においてお金を稼ぐことに心が行き過ぎ、
徳が不足していることが大きな原因の1つとなっています。

「お金持ちはいない。いるのはお金を使う権利を持つ人だけ」

小室哲哉氏はお金を使う権利を一旦持ったが、徳を持っていなかったことで、お金に振り回され、彼は100億円以上失い、そして自分をなくしました。今回の事件をきっかけに、失いかけている徳である、日本人にとって大切な精神・心の見直しに目が向けば、彼の人生失敗は日本人の救いとなるでしょう。これで克己復礼(内なる自分を調伏し、社会のルールを積極的に向上させる)の精神を広めるきっかけとなれば幸いです。また、お金に使われない人しか、お金を使う権利を持つべきではない事例とします。


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コメント

私も小室哲也氏の報道を読んで、おそらく彼は軽度の発達障害(アスペルガー症候群)のカテゴリーに入るな、と感じました。突出した才能、人間関係の距離感のおかしさ、金銭感覚のおかしさ、おまけに偏食。
この視点を持たずに彼を一般の倫理観で論じても、あまり意味がないでしょう。

投稿: ななし | 2009.01.23 00:22

5億円を騙し取った方も騙し取られた方もどっちもどっちで同情すべき事件とも思われません。
儲けた人は税金を払い、浪費を重ねるというのは経済原理から言えば悪いこととも思えません。
ただ、一芸に優れ、他のことには無知であったコムロという人の周りにたむろい、そそのかし、甘い汁を吸った人間がどれだけいたか。
そいつらの顔を見て見たいものです。

投稿: 財務工房 | 2008.11.26 21:53

数理系の人材育成と「アスペルガー症候群」について別項で書かれていますが、小室氏がごく軽度のアスペルガーに類していたのではという視点はもち得ないのでしょうか?
音楽関係の創作や商才に特出しているが、一般的な金銭感覚は異常に欠落しているという偏りは、数学の分野に秀でる部類ではなくてもアスペルガーに類すると考えた場合、人にとって大切なものという定型発達の尺度の例に入れることは恐らくできないと思われます。


投稿: H | 2008.11.26 14:46

まったくその通りと思います。
小室氏が生活を改めていれば年間2億の印税収入があったのですから、充分に常人以上の暮らしは出来ていたのに、月200万のマンションに住んだり、まったく改める様子はなかったようですね。
TMネットワーク時代はそれほど収入が無かった時代もあるはずですから苦労もして、お金の大切さも知っていたはずなのでしょうが・・・一度贅沢をしてしまうと、それ以下の生活は出来ないということなのでしょうか?
「奢れる者は久しからず」「実るほど頭をたれる稲穂かな」など、昔の人はうまく表現したものです。

投稿: たいじ | 2008.11.10 12:48

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