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2008年8月

俳句

個々の想像力の広がり

「風上の 扇風機から 芳屁の香」
今回はやわらかい題材です。人の想いの違いを感じたのです。この句を題材に個々それぞれに体験したことを話してもらった?みな勝手に主張してました。
先日、この俳句を披露した際、その場にいた人全員、まったく違う状況を想像し、主張したのです。イメージが強いものを少し記載します。

「情景その1;風上のじいさんと風下の孫たち」
昔、親の実家で兄弟、従兄弟とお爺さんが座っている扇風機の下でみなでわいわいと遊んでいると、爺さんから例の音がした。すると、子供たちは風下からわらわらと散り、やがてまたもとの位置の戻る。また、例の音。また、子供がいなくなる。やがて元に戻る。のどかな光景を思い出した。

「情景その2;眠れぬ暑い夜」
ある熱帯夜。足元で扇風機がゆっくりと廻る。じっとりとしてなかなか寝付けない。その時、下腹に張りが出る。張りを解消すべく、少し力を入れると張りは収まる。しかし、やがてそこはかと香るわが身かな。まったりとした時間が流れ、やがて眠りについた。

「情景その3;合宿」
男同士で、合宿。もともと暑苦しい。寝苦しい。そういう環境で必ず、静かに風上で放つ奴がいて、思い出すこと自体が嘆かわしい。よってこれは芳しくないので、その場で却下された。

1つの俳句でも生活に密着した題材ゆえ、思うことが全く違うのです。言葉の面白さと難しさを感じました。あなたはどんな情景を浮かべますか?コメントをお待ちいたします。


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北京オリンピックの感想;プロについて

甘やかされているサッカーと野球(朝礼スピーチネタ)

「男子サッカー」
男子サッカーでは予選を敗退し情けない限りです。負けた選手が負け試合を振り返えったインタビューでは自己責任に触れず、采配が悪いことや運が悪いことを言っていました。それではプロと言えません。プロの自覚あれば、自分の能力不足を素直に恥じ入ることです。サッカーに詳しい人間に聞けば、男子サッカーは飛行機に乗るにもビジネスやファースト席。そしていつもマスコミが追っているようです。英雄気取りになっていることでしょう。それに対して女子サッカーは大変健闘し、4位まで進み、インタビュも良かったと感じています。女子サッカーはスポンサーも少なく、当然少ない予算であったそうで、飛行機はエコノミー席だったそうです。しかし彼女たちの心は熱く、大変健闘してました。

「野球」
23日アメリカとの準決勝に破れ、銅メダルも取れませんでした。選りすぐりの野球プロを休ませ、北京まで連れていって、メダル無しは問題があります。普段私は野球を見ないのですが、今回少しだけ試合をみていましました。まず、参加選手に緊張感が感じられません。控えの場所でうろうろしてる選手がたくさんいて、一回きりの試合であることを忘れていると思います。投手は少しだけ投げて交代ばかりです。勝ち負けを捨ててのお祭りイベントをしているが如しです。野球は上下関係が厳しいので、監督采配のクレームは出ないと思われますが、きっとサッカー男子同様に飛行機はビジネスやファースト席でしょう。さらに選手村にも入らず都心のホテルにいたそうです。これでは絶対に勝つと言う気持ちが芽生えにくい。それに対して女子のソフトボールはみごとに金メダルでした。参加選手はみな必死で、金メダル授与ではその緊張感が感動的でした。主将である上野選手は「人間は気持ちが強い者が勝つ。」と発言をしていたことが印象的でした。

「プロは慣れで試合をしている」
いつも試合をしているプロ野球の選手はこれで試合がおしまいと言う緊張感に欠けていると想像します。国費をかけて参加していることの自覚が薄いのです。プロに対してだけは、今後オリンピックでメダルなしで、試合が終わり、帰国してきた場合、年俸から経費を取り返すことを提唱します。彼らは国民に選ばれた国民の代表ではなく、JOC選考会で選ばれた国家の代表であったと思います。星野監督は「ストライクゾーンが違っていた。」と言っていましたが、プロの甘えです。優勝した韓国は徴兵制も絡み気持ちが格段に強いのです。

「プロの仕事」
子供の間で人気種目ゆえに、特にサッカーと野球のプロ選手には自己の甘えをなくして欲しい。できるだけ1部の代表的選手のような立ち振る舞いを期待します。たとえば野球の金本選手のような絶え間ぬ努力と、イチロー選手のような直向さをもって、克己心のすばらしさをPRをして欲しいのです。そして勝つことは自分に勝つことであると、子供に伝えていくことがプロの仕事であると信じています。


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オリンピックの歴史。歴史は繰り返す?

ベルリンオリンピックと北京オリンピックの比較

「ベルリンオリンピック」
1936年、ナチス政権が、首都ベルリンでドイツ国家の威信をかけて開催したオリンピックをナチス政権のプロパガンダと捉えています。当時ユダヤ人迫害政策を進めていたナチス政権は、このオリンピックを開催のため、オリンピック誘致と開催期間に限り、ユダヤ人迫害政策を緩めた記録が残っています。さらにあのヒトラーが、有色人種差別発言や黒人に対する差別発言を抑え、国の政策を一時的に変更してまでオリンピックを導きました。ベルリンオリンピックは、「ドイツ民族の優秀性」と、ナチス政権の権力を世界中に見せつけるオリンピックだったのです。

「北京オリンピック」
2008年、共産党政権が、首都北京で中国国家の威信をかけて開催したこのオリンピックは中国共産党のプロパガンダと言えます。現在もチベット人迫害政策を進める政権は、このオリンピックを開催したいがために、誘致期間に、チベット人迫害政策を緩めたため、チベット騒乱が発生しました。それでも共産党政権は報道制限を抑え、国の政策を一時的に変更してまで、オリンピックを導きました。北京オリンピックは、「漢民族の優秀性」と、共産党政権の権力を世界中に見せつけるオリンピックになりそうです。

「斬新な企画」
ベルリンオリンピックでは、宣伝効果を高める斬新な企画を実施しました。古代オリンピックの発祥地オリンピアにて五輪聖火を採火し、開会式のメインスタジアムまで運ぶ「聖火リレー」が初めて実施されました。また、記録映画も作成され、「ナチス党のお抱え監督」レニ・リーフェンシュタールの記録映画である『オリンピア』は1938年のヴェネツィア国際映画祭金賞を獲得しました。

「最新の運用」
北京オリンピックでは、宣伝効果を挙げるため、世界中で過去最大規模の「聖火リレー」を実施し、世界で波紋を巻き起こしました。開会式では合成画像や吹き替えも用いられ、「共産党公認」張芸謀が運営しました。彼は『紅いコーリャン』でベルリン国際映画祭金賞を受賞しました。

「ベルリンオリンピックの後」
第二次世界大戦前、ベルリンオリンピックが最後のオリンピックとなりました。3年後、1939年9月にドイツにより第二次世界大戦が勃発し、ドイツと現ロシアであるソ連が戦争をしました。そのため、オリンピックは12年後に繰り越されて、1948年にやっとロンドンオリンピックが開催されました。

「北京オリンピックの後」
第二次世界大戦後、北京オリンピックが最新のオリンピックです。オリンピック開催中、グルシアとロシアが戦争を開始しました。これをきっかけにして、次回の2012年ロンドンオリンピックが延期されず、無事開催されることを祈ります。


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8月15日、日本を考える

8月15日、終戦の日

「終戦の日」
本来昭和20年8月15日は玉音放送の放送日です。この日を引揚者給付金等支給法で終戦の日としたため、後々8月15日を「終戦日」と呼ぶようになりました。1963年になって、8月15日に全国戦没者追悼式が行われ、戦歿者を追悼し平和を祈念する日となり、「終戦の日」とすることになったようです。現在は8月15日に戦没者追悼式が行われています。

「沖縄における終戦の日」
地上戦が行われた沖縄では、6月23日に組織的な日本軍の抵抗が終結したため、沖縄県では6月23日を慰霊の日として休日としています。また、米軍による沖縄戦の終結宣言は7月2日ですが、沖縄制圧は6月30日のようです。また、南西諸島守備軍が、9月7日に降伏調印したことから、沖縄県の公式慰霊施設「平和の礎」では、沖縄戦終結の日を9月7日としています。沖縄において8月15日は終戦の日ではありません。

「戦没者追悼の平和祈念日について」
第2次大戦において亡くなられた人を追悼し平和祈念のため、日本政府が昭和57年4月13日に「戦没者を追悼し平和を祈念する日」を8月15日とすると決定しました。戦没者式典は、終戦記念日が死者を供養すべき日をお盆と重ねて、日本の風習に合わせたようです。そのため、内向きになり、亡くなった日本人のことを思う日として比重が高まったきていると最近感じています。この日は世界の人々や情勢を考慮し、もっと外に目を向ける日にしたいと願います。

「対日戦勝記念日」
当時中立国にいた日本人特派員によると8月10日には日本が降伏する旨の報道があり、当時の日本大使館からも同様の対応だったそうです。このため、海外では8月15日よりも早い時点で終戦となったところもありました。が、イギリスでは、一般に8月15日をV-J Day(対日戦勝記念日 )としています。アメリカのV-J Day は9月2日です。トルーマン大統領は、ポツダム宣言に調印した9月2日を V-J Day としたようです。カナダでも、V-J Dayは9月2日で、2005年、カナダは戦勝60周年を記念して、「Victory 2-9-45」と刻印されたメープルリーフ銀貨を発行しました。フランスは、2000年9月2日に、対日戦55周年を記念する式典がでおこなわれました。旧ソ連ではV-J Dayは9月3日で、降伏文書に調印した1945年9月2日の翌日に、対日戦勝記念祝賀会が行われたため、ロシアでは、そのままV-J Dayとしています。中国も、ロシアと同じ、9月3日を抗日戦争勝利の日としています。旧日本帝国であった、台湾は、抗日戦争勝利の9月3日を軍人節とし、韓国は8月15日を光復節として、日本植民地解放を祝う日となっています。

終戦の日は日本にとって敗戦の日
この日は戦争が終わった日ではなく、戦勝国には対日戦勝記念日であり、日本人が負けた日なのです。負けは負け。「終戦」と言うあいまいな言葉が今の日本の状況を象徴しているように思います。「終戦の日」では精神や考えが曖昧になり、克己心が芽生えにくいと考えます。負けたことをはっきりするため、「「敗戦の日」とし、次に勝つ努力の継続が今の日本人に必要です。


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北京オリンピックと中国政権

朝貢国家中国との付き合い方 (朝礼スピーチねた)

「朝貢」
今回の北京オリンピックに、約80国の国賓・国家元首を招待しています。これは中国の古い慣わしである「朝貢」外交を行っているのです。「朝貢」とは中国の領袖(昔の皇帝に当たる言葉)が中国人民に対して、自分たちの政権が天命を受けていることを国民に示すことです。中国の領袖(皇帝)に対して、自分の統治下にない他国の元首たちが表敬訪問をすることこそ、現代版の「朝貢」です。80もの国が同時に「朝貢」に来ているのは中国史上初のことです。そのため国家を挙げて巨大式典をし、大歓迎しているのです。そして国内の統治を向上させるのです。

「国内統治の最大手段」
「朝貢」は内政に使う政治手法であって、オリンピック開会式で、今の政権は世界に認められた唯一無二の正しい政権であると国民にPRしているのです。中国の外交政策は昔から対内的宣伝活動に過ぎません。中国文化では古来より、中国を尊敬し、領袖に敬意を示すためにわざわざ来た外国使節にはそのご褒美を差し出して来ました。今回、日本にはパンダ貸し出しぐらいをするのでしょう。

「中国人とは」
昔の中国人の定義は、皇帝と君臣の契約を結んでいる都市に住んでいる人間で、かつ中国語と漢字を使う文化的観念のグループを言っていました。現在に置き換えれば、共産党と党員契約を結んだ北京と上海に住む1級市民が正式の中国人と言えると思います。2級都市戸籍すらない農民籍の中国在住者は過去の概念で行けば中国人ではないのです。多種の階層がある中国を束ねるのは、人気判断だけです。よって天から授かった徳である、人民人気が下がれば、中国は崩壊するでしょう。

「北京オリンピックの後」
現中国政権はまず、荒れている国内引き締めを行うことと思います。グルジア戦争に世界の注意が分散する間に、ウイグル回教自治区やモンゴル、チベット自治区で反体制弾圧をすると感じています。かつ漢民族の優遇策を強化し人気を維持することに努めると思います。さらに収まらない矛盾の矛先が日本批判に向いてきます。そうしたら、チベットやモンゴル、ウイグル人のため、歴史史実に目を向けて人権を守ることを国際社会で今度こそはっきりと言うことです。さらに、中国人のため、3重戸籍制度(1級都市戸籍;北京・上海、2級都市戸籍、農民戸籍)を破棄させることを国際社会で強く発言することです。現中国政権に対して、中国農民籍の人たちに平和で平等な社会実現を支援し、中国の民主化を推進することが、日本政府の今後の行動と思います。


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新規事業の構築

蔵人とは

「ビジョン」
新規参入困難なクレジット決済ネットワークを利用し、日本カードネットワーク(JCN;JCB系Jet-S端末運用ネットワーク企業)のポイントセンターとして、現金ポイント処理センター運営のナンバーワン企業となることを目指しています。

「3つの方針」
1、ポイントカードシステム事業を発展させるため、独自技術によるデータセンター運営・構築を行う。クレジットカード会社に認められた実績経験と多数のノウハウを持つ強みを活かし、競合他社を上回るシステム・インフラを使い、個別システム開発を提供します。
2、顧客個人データにおいては、金融機関並み個人情報の保護、外部不正アクセス対応、災害による機能停止対策などのセキュリティ対策を実施、安全・安心を向上させます。
3、これらのインフラを基盤とし、個人の売上情報を基にしたDMを軸に新たなマーケティング手法を用い、参画クライアントの売上向上を図る。 既存マーケティングと異なる手法でのクライアント広報業務発展を推進します。

「取扱業務」    
・インターネットに拠らないオンラインによるポイント加減算受託処理センターの運営
・ポイント利用端末の設置。このインフラを使った送客・誘客による売り上げ向上支援業務
・ポイントカード発行・運用・会員管理業務受託
・地域会員組織の活性化支援業務

「対象ユーザー」  
独自のポイント発行を行う量販店、ショッピングセンター、ホテル、小売店、ゴルフ場、通販、ネット通販等個人の囲い込みを図る企業、個人消費者に向けた商品を持つメーカー・商社・サービス業・小売業等や多くの会員を持つ組織(会員利便性を向上を目指す団体等)・公共団体等をユーザーとします。

「独自性」
ポイント収集の端末として、最先端のCCT(Credit Center Terminal)=クレジット決済端末であるJET-S端末を活用しています。JET-S端末は全てのクレジット決済(VISA・JCB・MASTER、AMEX等の全てのカードを処理)と各種非接触電子マネー、デビットカードなどの決済に対応している専用端末機です。JET-S端末で稼動できる汎用現金ポイントセンターサービスを展開しています。

「運用方法」
会員が持つ現金ポイントカード(クレジット提携カード・ポイントカード一致カードのあり1枚化も可能)を、クレジット端末(JET-S端末)に通し、会員の買上金額に応じたポイントをJET-S端末で自動算出、 JET-S端末からオンライン通信処理でポイントセンターに送信してポイントの加減処理を行う仕組みです。
ポイントセンターでは“いつ・どこで・誰が・いくら・何ポイント”の明細データを会員データベースに格納します。そして会員入会申込書に記載されている個人情報をデータベース上で照らし合わせることが自動的になされるため、店舗(ユーザー)は会員買上動向を把握し、販売促進に必要な分析を利用できるのです。
店舗は自前のサーバー設置やソフト開発が不要で、自前でシステムの稼動維持の専任者を配置する必要もなく、導入簡易で低コストにて自社ポイントサービスを運用できます。

「事業展開」
競合者として、2008年6月にリクルートが「ポイコ」カードで同一方式にて追加参入したことにより、市場の認知とさらなる拡大が見込まれます。これより、日本における1番のポイント運用企業を目指し、展開してまいります


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心が感じる絵画

MOMA(ニューヨーク近代美術館)とメトロポリタン美術館から その2

前回のメトロポリタン美術館掲載から2年経ちました。今回はMOMAの印象派を中心にして浮世絵の存在を考えてみます。印象派の画家は日本の浮世絵の影響を大きく受けた人たちです。日本の浮世絵は当時広告機能を持ち、版画と言う表現制限のなかで発展しました。観念的な禅の影響を受け、禅の文化である「輪郭」により、人物の抽象化がみごとに進みました。そして花鳥風月を描く「風景」が印象派画家の心に強く響いたようです。浮世絵の人物画は大変有名なので、風景画について記載します。

「有名な事例;安藤広重」
浮世絵で初めて使った技法、雨が降っている様子を絵画にした例;
庄野(白雨)
 蒲原の「夜の雪」、亀山の「雪晴」、そしてこの庄野の「白雨」の三図は風景最高作です。庄野の宿は石薬師から3里移った宿場です。この庄野の絵では、足早に坂路を下る人の足音と、藪を動かす夕立の音を独特の描写をしており、強い雨を感じます。風に向かっている二人の姿が強く打ち出され、道の草や藪は、グレーを基調として画面を統一しまとめています。絵は相当単純化してあり、実際の景色より印象が深いものであり、雨を世界初で描いた奔放で先進性ある浮世絵です。

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雪が降ったことがない場所に雪を積もらせた例;
蒲原(夜の雪)
 吉原から富士川を越し、蒲原の宿へ進む絵が「夜の雪」です。しんしんと降る雪に、人家も山も埋もれ、深く積もった東海道に通行人三人が描かれています。後期の版では背景がもっと暗いものがありますが、雪景ではこちらの絵が良いと思います。ただ、実際にはこの辺は雪が少なく、この絵に該当する場所は蒲原にはないそうです。このように、広重のこの絵には写実さはありませんが、絵師として創造性がすばらしいと感じます。四季や雨・風雪などの自然、そして昼夜の時間をうまく使い、全体に変化を与えています。東海道筋には雪は少ないなか、蒲原を雪景として描いたのは実景にとらわれずに、創造したまま描いたのでしょう。

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実際の景色を極端にした例;
箱根(湖水図)
 箱根八里と呼ばれ、天下の嶮と言われる箱根は、東海道の難所でした。芦ノ湖畔では、芦ノ湖、富士山、駒ヶ岳等が一望にひらける。その下に街道があり、馬や駕篭、旅人が登っていく姿が見えます
。「湖水図」はその配色と構図の独創性さで西洋画家、特にフランスの印象派に影響を与えました。広重が描いた箱根山はすごい峻岳になっていて、東海道ではもっとも思いきった構図となっています。この構図がとても大胆で、芦ノ湖の深い水面、右上に富士山。遠くは青く、途中は緑のない山々、この中を箱根へ向かう大名行列が描かれています。実際の場所に当たるところには、箱根の成川美術館あたりかと思われますが、実際の山々の風景はもっと穏やかでゆるやかな風景になっていて、異なった景色となっています。

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「影響を受けた印象派」
セザンヌ、ゴッホら多くの印象派画家は広重ら日本の画家の人物像の
極端さに心を奪われたようです。それまでは写真のごとく絵を描いていました。これより先は心に映る姿を描くようになりました。 また人物の極端さだけでなく、風景の斬新さにも影響を受けました。
セザンヌの人物像やマティスの風景画・人物画、ピカソの人物像、マティスの人物像、モネの睡蓮、ルノアールの人物像<。等々。このように印象派以前の西洋になかった人物画や風景画に大きく影響しました。特にセザンヌは葛飾北斎の富士山の影響を大きく受け、生涯にわたり、サント・ビクトワール山を描き続けたそうです。

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セザンヌ

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ゴッホ

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マティス

Pikaso

ピカソ

Matisse

マティス

Mone

モネ

Runo

ルノアール

考察は次回にいたします。


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