北京オリンピック;長野聖火リレーで思うこと
愛国無罪と政府不信について(朝礼スピーチネタ)
「長野聖火リレー」
26日の長野聖火リレーTVニュースを見ていて、場の違和感を覚えました。それは、中国国旗を持ってランナー横の歩道を伴走している中国人らしき大集団の姿です。中国では「愛国無罪」と言えばなにをしても許される文化や社会常識があります。これを外国の日本で実施していたのです。さらに実際に現場には居ませんでしたが、近くの好ロケーションの場所はほぼ中国人に「占拠:強引に近い場所取り」されているシーンが映像で出ていました。イギリス・フランス・米国での情報が少ないですが、テレビではやたら中国国旗が目に入ってきたので、多分、同じ状態であったと推定されます。中国人が我を張り、日本人に見えない聖火リレーでは価値はないと感じました。
「愛国無罪」
中国において、愛国を称すると中国の政府はその行動を止めにくい社会環境があります。愛国心を大儀とした統治手法をとっているためです。そのため先日の中国本国でフランスの流通大手カルフールに対して威力的愛国デモをしていました。今の中国は政府に対して、愛国を大儀にすれば政治行動は許されます。旗を持って「中国万歳」を言っている限り、多少の喧嘩や器物破損は問題なし。これが「愛国無罪」です。参加者が心から愛国心で行動していると考えません。愛国を大儀にした欲求不満の開放行為でしょう。そして彼らにとって反日はとっても大儀があるのです。
「政府不信」
良く知る中国人に言えることです。彼らの本音は政府不信です。きっとカルフールに対して民衆が不満をぶつけるのは、中国民衆の政府不信吐き出しと言えます。そして中国政府不信を反日にすりかえられることを恐れる日本政府の過剰警備と伴走騒ぎのお目こぼしは国のプライドを地に貶めていました。このような対応では日本人が日本政府不信になってしまいます。日本において「愛国無罪」は通じないことを中国人にはっきりと知らせるべきです。
「日本の主張」
日本の国の配慮深い文化に従い、歩道伴走を警察は禁止し、占拠は阻止すべきだったと思います。このまま日本人の心を発信しないのは反って双方反感が増すばかりと強く言います。互いの発展にはマイナスです。
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