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2007年8月

20代の新しい行動パターンについて

朝礼スピーチネタ;20代の新しい行動パターンについて

 現在、社会に出るまでに、昔より、より多くの事柄を学ぶことが必要になりました。年々負担が増える傾向です。ちなみに江戸時代とくらべると、現在の歳の価値=3歳+江戸時代の歳×1,25倍が実感の年齢と思われます。この式に当てはめると江戸時代の元服(成人式)であった数え年16歳は今の日本では23歳、数え年なので、実質満22歳。大学卒業年齢が江戸時代の成人式年齢にあたり社会性から見た実感と一致しています。

 平均寿命では江戸時代当時50歳ぐらいの平均寿命であったものが今では80歳程度に延びました。さらに情報通信レベルが飛躍的に向上し、個人が得る情報量が飛躍的に増えました。情報収集だけで比較すれば、生涯において100倍以上の情報規模を得たと思われます。

 8月23日ごろ、若者を対象にした消費動向調査が新聞に出ていました。記事によると7年前と比較して大きな変化があったのは車の関心です。特に目を引いた数字で、20代の車所有意欲について率が48%から25%へと半分になっていました。この点についてヒアリングした学生によると車については親の所有を借りる程度で満足していて、特に欲しい商品ではなくなったそうです。

 付け加えると学校教育で「タバコ」の害の教育が効を奏し、20歳大学生情報では30人に1人ぐらいしか大学には喫煙者が居ないそうです。その学生によると飲酒も大酒は下賎と見ているようで、飲酒自体をお金の無駄と言っていました。飲酒については相手と直接接して情報を収集することが重要視されていないことが原因なのか、今後探ることにします。

 精神的な向上面では自ら考える時間が減り、大人になる時期が遅くなることで、一世代前より幼稚に見えることになりますが、これは情報過多で大人になるための時期が後ろ送りされたと考えます。情報社会の新たな傾向でしょう。江戸時代の16歳と比較すればさして幼稚ではないと感じます。ただ、情報が多いため、与えられた情報が事実に近いかどうかの検証をする習慣は根付きにくいようです。特に人から直接聞いて見て得る情報を軽視する方向に進んでいるように感じています。これはネット情報が多すぎることから派生した新しい行動パターンではないかと推察します。

 また、先ほどの新聞の記事では、20代関心が高いのは貯蓄とのことです。貯蓄をお金の用途にしている20代は28%から36%と上昇していました。20代では自由に使えるお金は増加しても消費を抑え貯蓄するのも今のやりたいことが絞れないことが理由の1つではないでしょうか?

 若い皆さん、この推論にぜひご意見ください。


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女性管理職進出について

朝礼スピーチネタ;女性管理職進出について

 先日、TVニュース報道で女性管理職進出について、日本では相当進出率が低いと報道されていました。その報道で欧米各国では女性管理職が20%近くあるにかかわらず、日本では6%台で、長年にわたり改善されない国で、女性の社会進出が遅れている主旨でした。しかし、進出率の数字だけを見ればフィリピンでは官僚の50%以上が女性であります。さらにシンガポールでは若い男性は兵役事務があり、2年間のブランクのため、官僚社会では完全女性優位になっています。進出率の数字を見る限り、発展途上国と比べても進出率が大幅に劣ることになります。

 他国を見ますと、人口が少ない北欧はもともと労働人口不足の背景があり、女性進出が昔から進んでいます。当然女性に働いてもらうための制度も整備されています。また、近代工業化に出遅れた地域では農業を中心に今でも共働きが中心です。よって女性の管理職進出は高くなっています。

 ちなみに日本でも第二次世界大戦終了後、専業主婦が出て来たのであって、もともと女性が社会に出ない歴史ではありません。1950年代当時できた専業主婦は女性にとってサラリーマンの奥さんになり外で仕事をしないで生活できる憧れの職業だったのです。当時、サラリーマンは「エリート」の代名詞でありました。日本はこのような新しい社会構造を取り入れ、他国に競り勝ち先進工業国になれたのです。

 男性が朝早くから夜遅くまで会社で働くことに集中出来るように、女性が家業をする分業体制を作り出したのです。特に重工業では、男性が2名分働く方が効率が良いので、近代日本人の代表的な生活パターンになりました。そして世界の工場として国が伸びたのです。男性1人が12時間働く方が男女各7時間働くより効率が上がるためです。女性が外で働かない生活の分業をはっきりさせたのがサラリーマン社会でした。

 ただし1990年ほどからサービス業が増えるにつれてこの手法が通じなくなりました。さらに長期不景気により賃金カット等で男性だけの収入では家庭を維持できなくなりました。そこに労働人口減少問題が出てきました。さらに「知的産業」の拡大により、女性が働く場が用意され、現在順次男女とも働く環境になりつつあります。

 かつて1950年ごろもっとも先進的であった、「サラリーマン社会」なる男女分業モデルが世の中に合わなくなったのであり、今後日本の女性管理職進出もこれから自然に進むことでしょう。ちなみに日本の男尊女卑思想は人口比1割の武士社会の現象であって、江戸時代の一般人には男女差はありませんでした。女性優位が江戸時代は色濃くありました。第二次世界大戦以前まで日本も大多数が農業に従事し、女性も働き手でありました。そして主導権もあったようです。昔の日本は共働きが当たり前の社会だったのです。

 先日のニュース報道では一面だけ見た数字だけであり、推移や傾向は見ていません。数字上の比較論であり、歴史的文化的背景や社会構造を無視した報道ではないでしょうか。サービス業に絞った女性管理職進出を発表すれば、日本は多くの女性が進出した社会になっています。管理職進出率だけを急ぎ上げて社会が本当に幸せになるかよく考えて報道をして欲しいものです。


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ネット社会、ケータイメールの課題

朝礼スピーチネタ;ネット社会、ケータイメールの課題

 今日の日本では米国で広がったネット社会と異なる独特なネット社会が出来たように思えます。匿名による言葉の暴力と実名ケータイメールによる小さな閉ざされた世間の形成です。

 江戸時代までの日本では、庶民には「苗字」なく、名前もいい加減なものでした。その庶民が生きる社会は文字通り「名も無き社会」で、これが「世間」を形成していたのです。この世間では発言責任はなく、言い放しの世界でした。ただし、日本文化では「他人の目」があり、決して暴走はありませんでした。西洋にあるキリスト教の「神の目」(個人倫理基準)に該当し、行動や発言内容は自然に抑制されていました。

 この日本文化が現在のネット社会で新たな世間を作り出したと考えます。匿名のネット社会では「他人の目」がないので、言いたい放題・無責任になっています。根も葉もない話に真剣にメール・チャットで遣り合っています。対面では口に出来ない言葉を無限に続けています。「セカンドライフ」なる実在しない社会が日本で広がった場合、この無責任が実社会に悪い影響を与えると感じます。

 ケータイメールでは反対に実名が付きまとい、かくして「他人の目」が悪い方向に出ているようです。いつも仲間の空気を読み、同調を余儀なくさせられています。そのため、若者はいつも仲間の目を気にしてメールの世間に一生懸命対応しています。どうやらメールを無視される、仲間からメールが無くなることを恐れているようです。これは「村八分」(火事と葬式以外は村の中で存在を無視をした古い風習)の文化です。つまり横並びから外れた者は仲間はずれにされているのです。

 私の目で見て、日本ネット社会で今強く感じている課題を記載します。
1、ケータイメールを四六時中見ていて、一部にはメール到着後5時間以内に返答をする縛りが存在する。
2、狭い世間でしかわからない言葉や絵文字を作り、そこで社会を区切っている。
3、ケータイ仲間に無視されることをもっとも恐れ、意味のない同調を互いに求め続ける。
4、匿名では人が変わり、攻撃的になる。とことん事実とかけ離れてやり合う。
5、匿名の人間が他の人間の実名を挙げてネット社会で名誉を破壊する。
こういった環境の中で落ちこぼれた「村八分」(人間は怒りをぶつける相手がいない状態になり、実社会で「ムカつく」「キレル」人間になっていくのではないでしょうか。

 大変危ないシグナルを日々感じています。よってここで提案をします。
1、ネット記載では実名での発言のみを記載できることとする。
2、発言・記載内容について発信者責任を持たせ、保証できない記載はネットから消す。
3、18歳未満についてのケータイでは21時から朝6時までメールを停止させる。
  就学時間についてもケータイメールを停止させる機能を端末並びにキャリアサービスに組み込む。
4、ケータイメールアドレスは個人特定をさせ、1人1つの制限をする。
5、1週間に1日「ノーメールデー」をつくり、この契約に入った人はパケット代を安くする。

 自宅の個室にいても一人で居ることが許されない、心理的に一人になれない辛い環境が出来上がりました。元々、ネット社会は米国が発祥であり、「自己責任」をはっきり持つ国の文化がネット社会を世界に広めたのであります。当然自分の発言にはネット上とはいえ、自己責任があり、紹介責任が付いて回る文化なのです。欧米個人には「神の目」なる倫理観が継承されているのです。「他人の目」がない日本のネット社会はこのまま放置すると世界のネット世間において日本人が異端になると見ています。


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世界バブルと日本人のやる気について

朝礼スピーチネタ;世界バブルと日本人のやる気について

 前回のブログで記載したマニラの大発展に興味を持ち、世界の近代化について人に聞いたり調査しました。その範囲で言えることは現在世界的にリアルなバブルに入ったと言ってよいでしょう。石油収益をバックとしたドバイを筆頭に世界的にバブルの様相を呈してきたと感じます。中国は言うに及ばず、ロシアからVISTA、ASEAN諸国まで活況です。今までマンションや大型ショッピングモールと縁が遠かった世界の発展途上国首都ではマンション建設が急激に増えています。

 先進国での実需経済モデルがより洗練され合理的にかつ効率的に導入され始めたことが原因と感じています。そして大発展を遂げる中、現地の若者が相当強い「やる気」を持ち、マンションや新製品を手に入れる努力をしています。

 ここで少し話しを変えます。日本は2016年に本当の経済転換期を迎えます。
1、日本全体の購買力がこの年を境に減少に転ずる。
2、資源の問題で世界同時成長路線が止まる可能性が高い。
3、ゆとり教育を受けた若者が社会の中心に成ってくる。

 暑さに耐え、寒さを凌いでいた世代は実物の目標が沢山あったと思います。目標が明確ゆえ「やる気」もありました。とても豊かで安全で整備された社会が現在の日本にはあり、そしてそれが当然となっていて豊かさに気がつかない人が増えています。エアコンが行き届き、夏に冷房、冬に暖房、いつでもお湯が出るシャワーを浴びている人間には頑張って向上する意識を持つことは難しいでしょう。当然目標を持ち頑張っている若者は大勢います。しかし大方のゆとり教育を受け、豊かな生活に浸かった若い世代に「やる気」を起こすことが困難です。急に「やる気」に成れと言ってもその言葉は心に響かないと思います。目標も見つけにくいことでしょう。

 たとえ話しとしてイソップ物語「アリとキリギリス」のキリギリスは戦後日本ではアリが冬に助けることになっていますが、世界146カ国では、アリは餓死したキリギリスを食べたということが主になっているようです。ちなみに日本でも江戸時代のイソップ物語では「セミとアリ」となっていてやはりセミは冬に何ももらえていません。世界の常識では奢者必衰の教えになっているのです。こういった考えを持つ若者と日本人は競争するのです。

 自宅にエアコンとシャワーを付けたい世界の若い人間が「やる気」を持って動き始めます。競争する相手は世界のやる気ある若者であることを知ってください。

 今後、世界経済は実需がある程度行き渡り、ファイナンスバブルが作る本当のバブル発生まで3年程度は安全でしょう。日本の大手企業はこの世界バブルで当面収益を維持すると見ています。そして、世界バブルために世界経済における日本の影響力が確実に低下します。過去の豊かさも使い切ることでしょう。 それでも自分の近くにいる人間には後10年を切った時間ですべきことを伝えようと思います。各個人には能力の向上と人生視点の深遠化を重視させます。なぜならば文化・歴史は発展途上国には追いつかれません。そして今豊かなのは過去の人々が残した財産を使っていることを知ってこの上に積み上げることをして欲しいのです。

 2016年、後10年を切った時間で日本はなにが出来るでしょうか。ご意見ください。


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マニラの考察

朝礼スピーチネタ;近代都市マニラの考察

 7月28日土曜日から月曜日まで生まれて初めてフィリピンに行きました。首都マニラで感じたことを記載します。

 町並みは当初イメージしていたものとは大きく異なっていました。当然整備されていない場所もありますが、中心地にすばらしいエリアがあり、まるでロスアンジェルスの高級住宅街の最新版が都心に広がっていました。RockWellと言う、MakatiCityの一角の住宅地では芝生に囲まれたスペイン風高級住宅街があります。その横にはフィリピントップの大学があります。また、ビジネスセンターの一角はまるでロスのダウンタウンの最新版。高層ビル群に整然とした町並みが広がっています。ショッピングゾーンはやはりアメリカ式の超巨大モールで、なんでもそろっていました。モールには鉄道駅があり、巨大ホテルもあり、都市計画は理想的です。

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高層ビル群の窓から見る風景は緑の中に整然と街が配置され、ゴルフ場もあちこちに設置されていました。PRA(Philippine Retirement Authority;フィリピン退職庁)職員の話では17City(日本で該当する行政単位は「区」)すべてが同じことをして競争をしているそうで、ゴルフ場は100以上あり、マニラに行く前持っていた私の街イメージとは全く異なる風景を見ることになりました。街の開発は全て財閥が行っていて、道路・下水・電力線やさらに警察(これに変わるガードマン)の配置まで民間が自前で作り運用しているそうです。税金が取れるレベルになるとマニラ市に引き渡すそうで、引渡し後も当然開発財閥の利権が沢山残っていると聞きました。

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このような都市開発手法としては、金のない政府が行う合理的な方法と思います。各財閥は魅力ある街にすることで価値を上げようと知恵を絞っていました。そのため各Cityの開発エリアでは絵に描いたような街が出現しているのです。良い街を作らないと人が集まらず、財閥の事業は失敗するので、無駄なく理想を追求しているようです。

 民力を使った効率的都市開発から日本を見直すとこの方面での競争はとても不利と感じました。日本では役所の利権優先で効率や街の魅力創造が2の次になっているからです。マニラでは先進国の街作りを見て、スピード・魅力・経済性で良く研究され作られてています。

 当然光あるところに影があります。古くからの街は取り残され、マニビ・エルミタエリア旧繁華街はハングル文字があふれています。これは最近韓国から20万人単位で移住してきたからだそうです。このエルミタエリアに大多数の日本人観光客が来ているそうです。きれいにまとめられているところもありますが、まるで新宿歌舞伎町そのものでさらに猥雑にした様相でした。

 日本人がフィリピンに対して持つイメージはこのエリアにあると思います。案内されたエルミタでは金時計を付けた下賤な日本人群が日中からホステスを連れて街を闊歩していました。PRA職員はエルミタの街に来る日本人を嫌っていましたし、私も大変恥ずかしい思いでした。

 このような日本観光客は最新鋭のマカティ、オルティガス、パシフィックシティ等のビジネスエリアには一切現れず、自分たちでエルミタより治安が悪いと決め付けていて、観光にも来ないそうです。歌舞伎町しか知らない外国人がほかのエリアは治安が悪いと言って出てこないことと全く同じことを日本人観光客はしています。丸の内や大手町、豊洲、汐止エリアを見たらその外国人はどう思うのでしょうか?マカティ、オルティガス、パシフィックシティ中心街は丸の内や大手町のようなエリアで大変治安が良く、夜間女性だけでも歩けるような街でした。

 正しい情報は自分の目に負うところとなりますが、見る場所を間違え、そこしか見ない観光客が多数を占めることで、その観光客の口コミにより、マニラは日本において大変悪いイメージを持たれていると思います。歓楽街しか行かない日本人がフィリピンのイメージを下げ、日本人の価値を下げています。



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