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2007年3月

朝礼スピーチネタ;日本の教育改革について

日本の教育改革について

 先日、NHK特集にて日本の公立学校のレベル向上について論議をしていました。 私にはちょうど中学・高校・大学の子供が居る関係で、他人事ではなく興味を持って 番組を見ていました。そこでの意見です。

 まず、公立中学が私立中学と比較し、親の視点から人気が低い理由を述べます。 高校の入試評価が学科成績だけではなく、学校内申評価が重視されることが一番の問 題です。 私学に入って良い大学を目指す話がクローズアップされがちですが、 私立中学に入って内申の苦労をなくしてやりたいと考えている親もかなり居ます。その理由として 学科成績はかなりの程度、数字として絶対評価が出来るのですが、 学業成績の中心である内申評価は人間である先生のさじ加減によって決まります。 公立中学では概して先生の人間的主観による相対評価が受験できる高校のレベルを決めることになります。 先生も人間ゆえ好き嫌いの評価が必ず入ります。ここに問題があります。 結果、公立中学の子供は先生のご機嫌を取ることが重要になり、「良い子」を学校で 演じます。 本来この時期の子供は自我が目覚め、社会の仕組みに矛盾を感じ、そして1部は立ち 向かって行くものです。それを学校では生徒の覇気ややる気を押さえ込んでいます。 受験を人質にまるで役所の人事考課か大手企業の人事評価のようです。 そのため、先生の御目がねに掛からない学科成績優秀であっても良い子を演じれない覇気ある生徒や専門性が高いが人間関係構築の苦手な生徒は良い高校に入学しにくくなっています。 専門分野の優秀者はこの内申制度で大きな可能性を摘み取られます。日本の損失です。 今現在も先生と相性の合わない子供は大きなストレスを学校生活で溜め込み、苦しんでいます。 今すぐ16歳に満たない子供に「怨憎会苦(嫌いな人間と暮らし、評価される苦しみ)」を与え、可能性ある将来を抑える生徒への内申制度は廃止すべきでしょう。よって こういった先生(公務員)の主観による人間評価を恐れる親は無理をしても我が子を内申評価が影響しにく い私学に進 めることになります。決して大学進学優位のためだけではないことをお伝えします。

 これからも見識ある親を持つ生徒、専門性が高い生徒、上位大学を目指す生徒が抜けた公立中学を向上させることは通常相当な困難を伴うと思います。今すぐに実施はしてもらえないでしょうが、生徒が人気投票し、先生の内申をつけるそんな学校制度を作れば、公立も面白いと思います。 人気投票時には先生どうしで代議士選挙のようになったりしているかも知れません。急ぎ先生の内申制度を動かし、先生自身で苦しみを知らせるべきです。 先生を目覚めさせ、公立学校が活性化すれば、早々日本の教育レベルが向上し、皆が豊かに暮らせる社会が創れると信じます。

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個人情報保護運用緩和記事について

個人情報保護運用緩和の記事について(朝礼スピーチネタ)

3月20日日本経済新聞のトップ記事に個人情報利用の運用を変えると出ていました。
今後法令を変えず、省令や通達により、個人情報保護法運用緩和を示唆するものです。
DNP(大日本印刷)問題等、最近続けて大きく扱われた個人情報問題について、もう、これ以上運用を厳しくしないと推察されます。過剰反応の個人情報保護で生活が出来ない状況が出てきていました。小学校の連絡網が開示できない。病院にお見舞いに行っても部屋番号を教えてくれない。この振れ過ぎた反応が正常なところに落ち着くことを期待しています。

問題となっている運用者の性悪説に基づく運用管理強化には際限がありません。たとえば、日本の超大手通信会社のデータ情報子会社は、個人情報保護のため、金融機関より厳しい個人情報保護管理を取引先に要求していますが、一般企業にはコスト面だけから見ても維持できない内容となっています。さらに厳しすぎる運用基準の規定根拠は法的責任に基づくものではなく、親会社への遠い影響まで含めた「データ情報子会社」の社会に対する道義的責任に対する「ぼんやりとした危機感」と表明されています。このような論議にもならない参入障壁を作り、自社のイメージを守ることを1番にすることで、一般の企業が狙う社会の改善を目指す新サービス参入妨害をしています。実際の要求例として、IDC(インターネットデータ保管管理場所)の人の出入りに対して、「友連れ防止機構」(センター内出入りについて1人1人の行動履歴を全て管理すること)を設置することが個人情報保護の初歩と要請してきます。しかし、これは一般企業には過剰要請であり、コストと手間で金融機関のIDCですら運用しきれていません。新規参入企業ましてや通常の中小一般企業にこの要求することは参入不可と言われているに等しいのです。このような、本末転倒が現場では数多く発生しています。本来守るべきことは、個人情報の出入りを確定させ、過失をなくす機構を運用し、犯罪がすぐに確定できることにあると思います。これにより、犯罪抑制が出来ると思います。此れは過剰な設備に頼るものではなく、人の運用監査で目的は達成できると見ます。

そもそも、日本人には「個人」の定義がはっきり判っていません。
米国では「住所、氏名、目の色、肌の色、髪の色、犯罪暦、事故暦等」目に見えるものは公共情報として開示されています。心に関わる「宗教、民族、病気」がプライバシーと認定され、この情報を徹底保護しています。日本の個人情報保護もこの方向に沿い、「個人」の定義を明確にし、犯罪のラインをはっきりと示せば、せめて子供の学校の連絡網や入院患者の部屋番号は開示できると思います。

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障害者雇用について

障害者雇用について(朝礼スピーチネタ)

現在、NPO法人障害者在宅雇用支援センターの副理事長として障害者雇用の支援活動をしています。ここで、障害をお持ちの方たちやその支援に携わる方たちから聞き及んでいることをここに記載します。

厚生労働省は現在、従業員300名以上の企業には雇用総人数の1.8%の障害者を雇用する義務を課していて、この率を達成できない企業には未達成目標人員数あたり、1ヶ月あたり5万円/人を課徴しています。この資金を利用して高齢・障害者雇用促進機構が障害者雇用促進を進めています。なお、中小企業とする300名未満の企業は財政力や雇用力の配慮から免除されています。しかし、達成率がもっとも低い東京都は今年一定期限までに雇用できなければ社名を公表すると言う行動を準備し、東京都労働部が締め付けを強くしてきています。

 ここへ来て急に厳しくなった背景には障害者自立支援法の施行があるようです。この法律は国の社会保障負担減を目指したもので、一見障害者のために作られたように見えます。ただし、実際の障害者の立場からすれば、自立支援という名称に反して障害者の自立を阻害していると言っていました。障害者自立支援法は障害者への各種補助や障害者施設予算を削り、障害者は自立すべきだと言う趣旨であり、その上、その受け皿は民間企業が担うべきという趣旨の法律なのです。そのため、民間企業に対して障害者雇用促進圧力が厳しくなりはじめたのです。300名未満の中小企業に対しても雇用実績ゼロの場合は厳しい指導が出てきます。障害者自立は当然望むべきことであり、障害者自身もそのように願って要ると思います。しかし、厚生労働省のやり方は短兵急。国がすべき福祉事業を放棄する流れです。
その結果、最後は障害者の方にしわ寄せが行く経過を見て、危ない方向に進んでいると感じています。

本来、国は外に外交・防衛。内に治安と福祉をする機関と考えています。その国の仕事を民間に押し付けたと言っていいでしょう。此れでは、日本国の存在意義がなくなります。

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東大OBが定職就けず、コンビニ生活する現象について

東大OBが定職就けず、コンビニ生活する現象について;(朝礼スピーチネタ)

今世間ではより良い大学を目指す小学生の私学中学受験が相当熱気を帯びています。実際にあった話から考察意見を述べます。近所に住む小学6年生の女の子が第2志望以下は全て合格しているに関わらず、小学4年生からずっと塾に通ってすごく努力をしたこともあり、第一志望を落ちたことで親子で泣いたそうです。人生初めての関門で努力が報われなかったギャップを感じたのでしょう。かわいそうですがこういったギャップは人生に重要なことと思います。このことを良い機会にして、大学受験で東大を含めた上位大学を目指すことを期待します。

ところで最近、東大OBが定職に就けず、コンビニ生活する現象も最近現れています。日経新聞でも特集記事で扱われました。記事によれば、本人だけでなく、親も塾も高校の先生も回りの人全てが東大さえ受かれば良いと言われ、全ての人生価値として刷り込まれ、すごく入試に頑張った優等生の実話です。彼は高校卒業まで入試以外生活でなにも目標にしていなかったため、東大に入った後、大学生活で人生の目標が見出せなかったのです。そのためなんとなく卒業し、なんとなく企業に入ったのです。そして社会に出て、仕事をし、人生初めての挫折をしました。その挫折から生まれた心理ギャップを解消できぬまま、社会に馴染めなくなり、コンビニ生活に入ったそうです。彼は挫折から回復する経験がなく、学歴プライドが邪魔をして人とうまく付き合えないため、出口が見出せないと考えます。東大に入るだけでは、人として完成しない事例の1つです。もったいないことです。

私自身、当時もっとも花形の土木工学に入りました。就学中に名古屋オリンピック誘致失敗で就職難が土木業界を襲いました。その後しばし業界はバブルで回復はしたのですが、国家イベントで根底から方針が左右する業界の矛盾を感じ、土木業界を心で見限りました。私自身は挫折が多かったですが、コンビニ(当時コンビニはなかっが)生活には至らなかったのですが、今で言うギャップイヤーをやりました。学校推薦の就職先を断りました。そして1年留年をし、そこか失敗と苦労の人生が始まりました。
なおこの先は2006年4月8日付のブログ に記載してあります。

人が大人になるためには、数々の失敗があります。そしてその回復過程が重要な学習過程なのです。たとえば、子供時代人は自転車に載れるようになるため、幾度となく転び、怪我をし、失敗を繰り返します。そして初めて自分だけで自転車に乗れたとき、自分の移動スピードが飛躍的に伸びる開放感や自分のものになった自転車乗りに優越感を持ち得るもとと思います。
このように、目に見える自己目標をもち、そして習得・成功した体験が人にはとても大切なことと見ています。現在、親や学校が子供の失敗に対して失敗回避すべく手を掛けすぎているように感じます。小さな失敗機会が減っています。明確な目標に対しては失敗から自分の力で試行錯誤しながら立ち上がり、その目標に到達させることが将来挫折に強い大人に育てる方法と考えます。

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