小学校英語教育について
小学校英語教育について
安部総理の教育基本法見直しと相まって、ここ最近小学校での英語教育が話題なっています。11月5日のNHK教育番組で小学校英語教育の是非について特集が組まれていました。そのなか、ある母親が番組に出ていて、子供が英語を話す重要さをテレビで話していました。「自分はいまだ英語が話せない。それは小さいころから英語をやっていなかったからです。中学からでは遅い。だから子供は小学校から英語を習うことが重要である。」この発言に疑問を持ちました。母親自身が日本語で全て出来る生活に浸かり英語の必要がないから英語が使えないと感じました。この感覚を説明します。たとえば、私は以前から帰国子女の言語能力に不思議さを感じています。小学校低学年で帰国し、小さいころ現地の「ことば」がペラペラであったに関わらず、生活にその言葉を日々使わない環境下では、3年もするとみごとに忘れてしまい、中学では全くの普通の日本人に戻っています。言葉の体系がわかる中学まで海外生活をするとなんとか話せています。生活に必要のない「ことば」はすぐに忘れてしまうからではないでしょうか。これは日本では生活をする上で外国の「ことば」が必要でない国だからです。人は1つの言語体系を完全に習得し、使いこなせることが出来るようになって初めて、他国の「ことば」と意思のつながりを理解ができ、自分のものになるのではないでしょうか。よって私は小学校での英語教育が必要と考えていません。まずは国語を正確に使える教育をすることです。自分の考えを語れてからで十分です。
さらに、「ことば」の1部を覚えてもコミュニケーションは出来ません。「ことば」は知識でない、ましてや知恵ではない、これを強く言いたいのです。「ことば」は言語体系に基づく意思や内容があって初めて話す価値がある「言葉」になります。海外に行くと日本人として恥ずかしいと感じるのは中身のない軽薄な英語をただ発音し、満悦している日本の若者を見るときです。日本人が皆「あほ」と思われてもいたしかたない。自分の意見がなければ話す価値はないと思います。日本の文化や歴史を知った上で他国の言語を操って欲しいものです。
| 固定リンク
「文化・芸術」カテゴリの記事
- 蝶(2009.07.02)
- 名古屋オフィス前の桜(2009.04.06)
- 心が感じる絵画(2008.08.01)
- 俳句(2008.08.31)
- 2008年年初のご挨拶(2008.01.01)



コメント