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2006年1月

働かなくなった日本人 その2

休日の過ごし方

日曜日、本来その由来はモーゼの十戒に始まる。
旧約聖書を鑑みると休日(日曜日)は神にのみ祈り、他のことは一切しない「祈りの日」であった。
そこからユダヤ教が生まれ、キリスト教が派生し、イスラム教が現れた。
共通する休みの観念は皆同じである。基本は祈る日なのだ。
では日曜日にお祈りをしている日本人はどれ位いるか? 
さらに地域貢献を重視する行動が各戒律にあるため、午後奉仕活動をする。
日本人は休みにどれぐらい地域活動に時間をかけているだろうか?
キリスト教等の信者が少ない日本では、日曜日午前中にお祈りをし午後に地域活動をしている日本人は、ほとんどいないと思う。
今の大多数の日本人は休日を地域のために使わない。
その義務感が育っていない。教えられていない。だから知らない。
世間ではボランタリーに使う時間がアメリカやイギリスの半分というが、実態はもっと低いと推論している。
休日には地域向上の「働き」が必要である。
まだ日本人は「働きすぎ」と勝手に思っている。それは間違いであることに気づいていない。


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働かなくなった日本人

日本人は休みずぎと最近感じる

国民の祝祭日は現在法定で14日ある。
それに加え、日本は正月は大体2日も3日も休むし祝日が日曜日にあたると翌日が休みである。
従って実質20日位が土日以外の休みとなる。
先進主要国の祝日は日本より明らかに少ない。上回っているのはギリシャぐらい。
遊び好きイメージを世界に持たれているイタリアも年間祝日11日に過ぎない。
フランスは2003年から祈法令で、「敬老の日」は労働日とし、年間祝休日を11日→10日にすることになった。
この1日は収入を全部国にささげる日である。
ちなみにアメリカは年間9日である。
働き蜂は既に死語となった。
休みをどのように生かしていけるであろうか。
次回、各国の休日の過ごし方を中心に考えを述べたい。

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事業の上で学んだこと


安易に株主を集めて、安易な株主構成を作ることはやめましょう。
株主を作れば作るほど地獄を味わいます。代表者の持ち株比率が低い場合も必ずおかしくなっています。

友人と共同でスタートする場合、上下がはっきりしているなら良いのですが、上下関係がはっきりしていない場合は痛い目にあいます。
事業をやっていると怪しい人脈もできます。
彼らはいろいろなことを言うのですが、隙を見せると噛みついてくるので、怪しいと思う人には近寄らないようにしましょう。
それは何かというと、お金に反応する人でしょうね。
お金を貸してくれ、出資してくれという人もたくさん来ますが、あげても痛くない額をあげる、貸したお金は戻らない、と思っていた方が無難です。
他社への役員も、役員会に毎回参加しないのであれば参加しない方が良いです。
出ないとおかしな賛同をしたということで、後で変な追求にあいます。
弁護士や会計士という士がついた人を信用しきってはいけません。
彼らもやはり商売でやっているのです。弁護士の方も悪気はないとは思うのですが、知らないことに手を出してお金儲けをしようとしている人にはまると、その人は実は専門家ではないので、とんでもない大穴が空いていることがあります。

また、会計士も最近経験が豊富な方が少なくなっております。
銀行員の約束は信じてはいけません。
彼らは自分の成績のためにはいろいろな手を打ちますが、異動したら手が出ない。約束はそこで反故にされます。
また、お金が余っているときには貸してくれるし、足りないと引き揚げるというのも流れです。
証券会社にもいろいろあります。上場にまつわると証券会社や信託銀行などが来て、いろいろなサービスを提供しようとしますが、結局固定費を持って行かれることが多いので、気をつけた方がよいでしょう。

海外に出るときには、日本のように性善説でできあがった文化ではなく、特にアメリカ・ヨーロッパは性悪説でできあがった文化であるということを十分認識しなければなりません。
事業は人だと思いますので、是非、良い人脈と付き合い、仲の良い人を大事にしましょう。
ゼロから事業を立ち上げようという人は、「案ずるより産むが易し」考えるより先にやってみよう、というタイプでない限りやっていけないでしょう。



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将来の夢


私は、多分同じ事業をずっとやっていけない性格でして、次のことをやりたくてしょうがないようです。
次やりたいことがいまやっていることとあまりにも違うため、今やっている会社は五十歳で上場して、自分の手から切り離そうという目標でやっています。

五十歳からは米作りをやろうと思っております。
フランスがワインを売って金儲けをしているのだから、日本もライスワインを売って文化を拡販し、尊敬されながら金儲けをしようじゃないか、ということです。
米そのままでは価値が低いが、文化を付与する、すなわちソムリエに対抗して利き酒士を世界規格にしようと思うわけです。

日本は作るのはうまいが売り方が下手なので、売り方を指南しようと思っております。
自分を高めようという欲望には限りがない上、迷惑をかけることがままありますが、周りを良くしようという欲望はいくらあっても周りに迷惑をかけません。
私はそれを信条として、結果的に国を良くしようという思いにつながっております。
また、仲良い兄弟でも資産を残すと醜い争いを繰り広げることになりますので、子孫に資産は残さないようにしようと考えています。
これらがよりどころとなって、今は、お金ではない人とのつながりを大事にしよう、人と新しいことをすることに喜びを感じて、夢を実現していこうと思っております。

自分を高めようという欲望には限りがない上、迷惑をかけることがたまにありますが、周りを良くしようという欲望はいくらあっても、周りに迷惑をかけません。
私はそれを信条とて、結果的に国を良くしようという思いにつながっております。
また、仲良い兄弟でも資産を残すと醜い争いを繰り広げることになりますので、子孫に資産は残さないようにしようと考えています。
これらがよりどころとなって、今は、お金ではない人とのつながりを大事にしよう、人と新しいことをすることに喜びを感じて、夢を実現していこうと思っております。



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現在の事業


これから新しく始めようとしているのは、クロスメディアマーケティングの事業です。
フリーペーパー等の特性とケータイメデイアの特性を有効に組み合わせ、新たな広告展開となるメディアミックスマーケティングを動かしています。
フリーペーパーは保管、閲覧性が強く、ケータイはちょっとした空き時間や移動中など、時と場所を選ばずにすぐにアクセスできるという、パソコンにない強みを持っており、ケータイを使うことでパソコンよりも断然早いレスポンスを期待することができます。
時と場所を選ばない特性をフリーペーパーの広告からアンケートサイトへの誘導を図ることで、Yahoo!等のポータルサイトを持たない携帯電話の弱点を補完した、新しい媒体を今展開しています。
会社としては主な事業として、個人情報保護法に基づいたデータ管理をしております。

1ケータイアンケートサービス エンド ユーザー訴求型の広告が対象となります。
現在のマスメディア広告掲載にはない成果対応広告の創造や非常に早い市場調査などの利用が見込まれます。
また、自社HPへの新しい誘導手段として新規需要の消費者開拓ができます。

2アンケートエントリーシステム提供サービス、フリーペーパーをはじめとする雑誌の企画・運用会社が対象となります。
ケータイによるアンケート企画は他社フリーペーパーや出版物との差別化につながります。
すでにアンケート企画やプレゼント企画を実施している場合でも新たケータイ経由の情報収集を追加するメリットを訴えることができます。

3「モバイルフリー」対応の懸賞付アンケートサービスモバイルマーケティングサービス
「モバイルフリー」を利用し、景品付懸賞の展開しています。
アンケート応募効果が倍になった結果を得ています。これより、さらに新しい市場を創ります。

4ケータイ通話料による発行ポイント償却サービス「モバイルフリー」
クレジットカードやマイレージサービスのポイントまたは量販店保有の発行ポイントをオンラインにて携帯の通話と交換ができるサービスを開始します。
たとえば、親のポイントを通話に交換し、子供の携帯通話に利用出来るので、携帯電話料の支払いに悩む若者たちにとても魅力的なサービスになります。
クライアントに向けては、携帯を使ったマーケティングや来場者プレゼント企画との戦略的併用により様々な業態の販売促進を支援します。
さらにお買い物ポイントサービスを行っている量販店や各種販売店にもオンライン交換用景品として広くご利用いただけます。
相互ポイント利用による、新顧客開拓が見込まれます。



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現状の課題


新商品、サービスの構築問題はいつもつきまとっております。
商品は必ず陳腐化しますので、新しいことを絶えずやっていかねばなりません。
ただ、新しいことをやろうとすると、誰もが無理だと言います。
私は皆さんがNOということは誰もやっていないということだからこれはいけると思う質ですが、多くの人はそう思いません。
なぜ無理と思うかというと、「やったことがないから」です。
それはそうでしょう。そして、問題点だけを皆さんはたくさん言ってくれます。

ゼロから会社を立ち上げた関係で、いつも一人で進んでいたので、スランプに陥っても一人でやることになります。
一人で考え、一人で決めているから、スランプに陥っても誰も代わって考えてくれない。
これが大きな課題だと思います。その代わり、決めるのは自分なので、沈むも上がるもスピードが非常に速い。
それが中小企業の強みだと思っています。間違ったときに、いかに早く撤退するか、という自己否定能力が大切だと思います。

それと共に、同じ日本語なのですが、言葉が通じない。
私は特に、人と話す言葉が違っていることを良く分かっていながら、それを通じるように翻訳できないのです。
そこで苦労をいつもしております。カエサル、ナポレオンやタレーランはきっと言葉の名人だったのではないでしょうか。
また、人材の不足という意味では、夢を追える人材が必要なのです。
今は教育のせいでしょうか、夢も追えなければリスクも負えないという人が多いように思います。



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今日までの苦労話


スタート期に何を苦労したかというと、銀行に取引口座を作ってもらえなかったことです。
だから、最初に、ある地銀が「作ってあげる」と言ってくれたときには非常にうれしかった。
それから、最初の一年目は公的資金にも全く相手にしてもらえません。
一年経てやっと来たのが「保証協会付き」条件でした。
三百万円を借りる、いざサインするとなったとき、保証人の名前を書く場面では、さすがに手が震えました。
これ、返せるのかな、と。今では十億円と書いても手も震えません。どうせ返せるモノかと(笑)銀行の人には「もらったよ」とすら言っています。
ひたすら耐えていると、商材が見つかるなどして発展期になり、なんとかなっていくというのを味わいました。

一番苦しかったのは、3年目に年商が2億円になったときくらいに、3,000万円が焦げ付きまして、大変な目に遭いました。
ある日突然行ったら会社がない、売り掛けどうしようといってもどうにもならない、という目に遭いました。
これでいかに取引が大変かということを学びましたが、今でも遭います。
しかし、今ではしょうがないという気になれますが、最初は非常にショックでした。
夜も寝られないし、夢にも出てくるし、一週間くらい食が通りにくくなるくらい悩みました。人間不信にも陥りました。
結果、自分が悪いとわかるまでには、世の中に対して大分不信感を持っていて、売り掛けは嫌だという時もありました。
結局、それではやっていけないので、信じてやっていこうということになったわけです。

その次は中国に出ることになりました。
中国のいろいろな知り合いを使って、某省の省政府と契約をして事業を始めることになりました。
省の役人とこちらがそれぞれお金を出して会社を作ったのですが、なかなか事業が始まらず、毎月70万円ずつ減っていく。
12ヵ月たったらだいたいお金がなくなりました。
お金がなくなったら会社を精算する契約をした上でやったのですが、解散をするならお前が残りのお金を出せ、ということを言われました。
文章に書いてある、と言ったら、書いた人間はもうこちら(中国側)にはいないから無効だ、日本語の文だから中国人にはわからない、などいろいろ始まりました。
無視して日本に引き揚げてきたら500万円を支払わなかったら殺す、という電話が自宅にありまして、困りました。
警察にも行ったのですが、名文句が「事件が起こったら来てくれ」で、「事件が起こって私が死んでいたらどうするのですか。」と言ったら、「それは発生してみないとわからない」とか適当なことを言われました。
それで、参ってしまって、中国に強いいろいろな人にあたってみたところ、言い値の半分くらいは払わないと本当にやられるぞ、ということで、半分支払ったら、「ありがとう」というお礼の手紙が来ました。
その後、中国に行く人にもいろいろ忠告をしたのですが、行った人は皆同じような目に遭っています。
そういうことがありましたので、中国のことは未だに信じておりません(笑) 

後に、ITバブルの時にアメリカの会社と合弁会社を作ることにもなりました。
3億円くらい集まればいいやという気持ちでいたら、ITバブルだったので11億5,000万円集まってしまいました。
そこで、またしても弁護士の人ともめました。
アメリカの会社はカリフォルニアの会社で、契約書はニューヨーク法に則してあるのですが、もともとサインした書類の法はカリフォルニア法でした。
それを弁護士が見落としていたのですね。
それで、専門分野ではない弁護士の人と付き合うとえらい目にあうということがよくわかりました。
弁護士も内科外科のように目的別に仕事を分ければ良いと思います。

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起業の動機

起業のケーススタディ

ビーシープロダクツ株式会社
代表取締役社長 渡辺 真人

私は専攻学科が土木工学であったので、なにも考えず、大学を出てすぐにあるゼネコンに入社しました。
そこでは、目の前で人が死ぬ目にあっても放置する。そんな体質が合わないので1年に足らず、辞めました。
その後就職先探しに有利な会社と見て、今をときめくリクルートという会社に中途入社しました。
当時から人材活用において特異な会社であり、よその会社に落とされた奴をとろうという会社でした。
この会社の企業理念である「機会を自らによって作り、機会によって自らを変えよ」というコンセプトが気に入って入りました。
そして三年間のサラリーマン生活を送りました。

リクルートで二年いたときに、トヨタグループとアスキーの合弁会社を作る手伝いをすることになりました。事の成り行きで、会社が出来、その会社に入社したのです。
その後、1年も経たずしてアスキー社長はトヨタのトップと仲たがいとなり、会社が解散になってしまいました。
解散後、就職はせず、自分で会社を立ち上げることになりました。これがビーシープロダクツです。企業を始めてみて大変だったのは、最初お金がなかったことです。最初は、生活をするためだけに働くような状況が一年ほど続きました。そういった中、私は大学時代土木工学専で、都市計画に関わり、データベースの重回帰分析を二年間やっていたため、自然発生的にデータのことをやりはじめました。スタート当時から、お金がなかったのですがなけなしのお金でIBMのAS400を買いました。機械代を払うためだけに三年間働き続けたというのが当時の思い出です。結果としては、個人情報を自然発生的に扱って、現在でもそれが広がっているのです。

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